2009年5月23日 (土)

電気街?

便利屋が学生の頃は、秋葉原と言えば電気街でした。大学が電気工学科だったので秋葉原には足を運びました。あの当時では、Z80の8ビットワンボードマイコンが流行っていましたが、バイトしたお金でAPPLEⅡのコピー品キットを作り上げたのです。

さて、現在は?と言いますと模型、フィギュアやゲームソフト、萌系など、様変わりしています。月に数回ほど、仕事の関係で東京の市ヶ谷へ出張しますが、その折に秋葉原をブラブラと歩きます。ここ数年で変わったと言いますが、いつ頃からか?と思う時があります。たぶん、変化はITバブルの後からと思います。プレステなどのゲームとソフトから始まり、アニメのフィギュア、ガンダムのプラモデル、それから、萌へと、特に評論家の森本卓郎氏の記事の影響も強かったと思います。

今や秋葉原は電気街からオタクへの聖地になってしまいそうですが、便利屋もオタク化しているようです。それもそのはずで、スーツ姿でネクタイをしていますが、カバンはリュックサックに変わっています。すっかりサラリーマンのアキバオタクになってしまいました。その姿で、秋葉原から靖国通り沿いを歩き、市ヶ谷の目的地までテクテクと行きます。

何故か?わかりませんが、それが唯一の楽しみになってしまいました。

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2009年4月18日 (土)

完成

昨年から製作していた戦艦大和が完成しました。約10ヶ月も掛かりましたが、何とか出来上がりました。エッチングパーツや追加部品をネットで購入し、菊水作戦の戦艦大和に改造しました。

それから、どうしても、アクリルケースに飾りたいので、ケースを購入しましたが、本体の戦艦大和より、ケースの方に費用がかかってしまいました。途中で何度かストップしてしまいましたが、最後まで完成させたことに我ながら満足しています。

とにかく、長男と一緒に作る予定でしたが、途中から長男は飽きてしまい、殆ど便利屋が作りました、やはり長男には難しかったようです。次男は「センカン、センカン」と言って、気に入っているようです。

アクリルケースに入れて、今年の端午の節句には兜と一緒に飾ろうと思っています。

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2009年3月14日 (土)

景気回復

便利屋が勤める企業は半導体関係の製造業です。2007年の第3四半期から供給過多で冷え込んだ半導体も2008年、2009年はどん底に冷え込みますが、生産調整が2年以上続くと半導体の供給も逆に不足してしまい、2010年には、需要が回復すると楽観的に思っています。ただし、全体的に見て、今の不景気がどのくらい回復するかが鍵ですけど。

例え消費が冷え込んでも、半導体は必要不可欠なもので、ここまで生産調整をしたら、今後、半導体は不足します。この業界は落ち込みも急降下ですが立ち上がりも急上昇しますので、雇用も回復するのでは?と思っています。でも単なる予想です。今後のことは誰も想像がつきません。来年の今頃は、どんな様子になっているか?良い方向に行けばよいのですが。

6,7年前のITバブル崩壊のとき、製造業は軒並み在庫を膨らまして赤字を出しましたが、製造業では、その反省から在庫を少なく、コストダウンと業務改善と効率を上げるため、血のにじむ努力をしてきました。しかしながら、今回の不況は、それも通用しないとのことです。もう打つ手はないと言う事でしょうか。

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2009年2月28日 (土)

季節は春へ

昨年の年末から年明け早々に腰椎のヘルニア治療で今年の初出勤は1月中旬からになりました。何かとブルーな気分になっていました。寒さに弱い便利屋はこの時期が大変長く感じてしまうのです。そんなこともありまして、しばらくブログの更新を休んでいました。

100年に1度と言われる不況の真っ只中にいます。当然のことながら便利屋が勤める会社はジェット機のエンジンが止まったかの様に急降下しています。今年度の業績は赤字転落となり、昨年の12月に派遣社員を解雇し、今年に入り、正社員の希望退職を募りました。

部長から言われたのは、出来れば会社を立て直すつもりで、このまま残って欲しいと言われました。その代わり、便利屋の直属の上司は、もうすぐ定年を迎えるので、次の世代(便利屋)に引き継ぐと言い、身を引くと部長に言ったそうです。便利屋は、これからが大変になると自覚したのです。

他に同じ職場で誰が希望退職に応じたかは分かりませんが、何かが不服で揉めている人もいるようです。特にタイプAの性格を持つ先輩社員は、何を言われたのか?最後通告でも言われたのか、分かりませんが、何度も部長や人事の人と面接をしています。

しかし、便利屋のように会社に残れる社員は、給料は減額され、ボーナスはゼロとなります。これからは、切り詰めた暮らしになりそうです。とにかく景気が悪くても季節は必ず春がやってきます。更に春分(お彼岸)のころ、菜の花が咲き出せば、ホッとした気持ちになるのです。そのホッとする気持ちは、自分がリストラされなかった安堵感からなのか。

2009年の景気は鍋底の真ん中になります。経済は極寒の冬になっていますが、いずれにしても春はやってきます。その暁までじっと我慢することです。

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2008年12月23日 (火)

ご連絡(椎間板ヘルニア治療)

便利屋の腰痛持ちは、職場の方々もよく知っています。症状は、慢性的な腰の鈍痛と重たいような違和感、長時間座っていると足が軽く痺れて夕方になると腰の痛みが増します。また、何かの拍子でも、例えば風呂掃除をして転びそうになってこらえたときに、酷く痛めてしまったりと何とかしたいものです。

会社の産業医から紹介状を書いてもらい、整形外科の病院に行きましたら、腰椎間板ヘルニアらしいと言われました。今まで、鈍痛は疲れからと思い、またギックリ腰と思っていました。こまま放って置くと年々、悪くなって行くらしいのです。

とにかく治療を受けることになりました。治療と言っても手術までは行なわないようです。治療は早いほうが良いので年明け早々に治療に専念することに決めました。

そのため、しばらくブログの更新はお休みします。今度の開始時期は来年の2月中旬になると思います。皆様も、風邪をひかないように、良いお年をお迎え下さい。

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2008年12月14日 (日)

価値観

便利屋は価値観と言うものに拘ることがあります。そんな価値の無いものと思うのも便利屋にとっては大切なものです。

便利屋は、ずいぶん古くなった腕時計をつけてます。たぶん10年以上前だったと思いますが、銀座で舶来カメラを商っている店がありまして、Leicaのロゴがある腕時計を妻から買ってもらったのです。

スイス製になっていましたが、入れてあった箱が中国製でした。値段も12,000円程度でしたから、舶来と言ってもヨーロッパから来た腕時計ではなさそうです。電池交換しながら現在に至るまで時を刻んでいます。

そう言えば、あの頃はバブル崩壊の後遺症がひどくて、山一證券の廃業や拓銀の倒産など、金融業は悲惨でした。あの時、便利屋は製造業で情報通信やパソコンが伸び盛りでした。全く対岸の火事でした。

しかし、今年の不況は何処も大変です。この不況も乗り越えて、また時を刻む腕時計をじっくり眺めることがあると思います。その時まで何回電池を取り替えるのか、交換回数の少ない内に景気が回復してくれれば良いのですが。

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2008年12月 7日 (日)

そば食いツアー

先週になりますが、職場の蕎麦好きを誘って、便利屋が行き着けの蕎麦屋へ行きました。仕事が終わってからですので夕方の6時過ぎになってしまいました。

皆が美味しく食べられて良かったと一安心です。ただ、便利屋の食べっぷりに驚いていたようで、皆が箸をつけて食べ始めたばかりなのに五合打ちをあっと言う間に食べ終えてしまいました。

初めての蕎麦喰いツアーでしたが、今月で解雇される派遣社員の方々も一緒でした。この時は気兼ねも無く、美味しく食べたそうです。また、来るときには、元通りに職場に復帰して、その暁には、皆が揃って食べられる時が来ることを信じたいと思います。

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2008年11月16日 (日)

アメリカ

1992年からアメリカでは民主党のクリントン大統領となり、確か?規制緩和で軍需技術を民生品へ展開した政策をしたと思います。その技術を使って、ベンチャー企業が挙って設立し、投資家も将来のものづくりに期待して投資してきました。今のパソコンやゲームなどの技術に結びついています。

ところが、西暦2000年のとき、強いアメリカを強調して、共和党のブッシュ大統領からは、同時多発テロ、イラク戦争へと血を流し、また、投資は金儲けへと目が向き、過剰投資してバブルに発展してしまい、サブプライムや原油へと金持ちのマネーゲームになってしまったようです。

これから、新大統領となるオバマ氏がどのように舵をとるか、アメリカの舵取りしだいで世界の動向が変わります。ただ、一つだけ言いたいのは、アメリカは世界で一番、慈悲深い国でもありますが、裏を返せば世界で一番、身勝手で残酷なことをする国でもあります。

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2008年11月 9日 (日)

成功者の奈落

便利屋は心配性で、何故か良いことが続くと、大丈夫かなと不安に思うときがあります。ふと、夜の寝入前に感じるのですが、裏を返せば悪いことが起きる前の罠のように思うときがあります。その時、決まったように自分に言い聞かせます。「気をつけろ、謙虚でいろ。」です。

さて、90年代、ミリオンヒットを出したアーティストが詐欺で捕まりました。メディアで話題を呼んだ人が捕まる事件は、今回だけではありません。ライブドアや村上ファンドなども同じです。そういう人は、共通点があるような気がします。

それは、驕りであり、天井があることに気が付かなかったようです。天は神様のもので、人間のものではないのです。あの時の名声に酔ってしまい、何でも上手くゆく、或いは、失敗してもあの時と同じ事をすてば、大丈夫だと自己暗示にかかってしまうのです。

奈落の底に落ちて初めて自分の過ちを気付くものです。神童や天才でもない凡人の便利屋にとっては、やはり凡人でいることが一番良いと思っています。

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2008年11月 2日 (日)

香水は苦手

便利屋は鼻がとりわけ良いわけでも無いのですが、香水の匂いは苦手です。時には「匂い、香り」でなくて「臭い」と感じてしまいます。デパートに行っても香水や化粧品を販売しているところは自然と足が避けてしまいます。

便利屋にとって良い香りは、ほのかに香る梅の花やユリの花、モクセイの香りなど、節変わりを感じとれるような香りです。軽く香る井草の香りも快く感じます。また、駅蕎麦の汁の匂いはパブロフの犬のようによだれが出てしまうほどで、つい、蕎麦屋の暖簾(のれん)に足が向かってしまい、デパートの香水売り場とは、全く逆です。

職場でも高級な?香水をプンプンつけて、誰がここに居たか、或いは、いつもの人が来たと分かるような臭いは、ある意味、迷惑かも知れません。香水が臭いから止めてくれと言いたいものですが、相手がうるさがたの女性なので、パワフラ、セクハラと言われてしまったら大変です。黙って我慢するしかなさそうです。

それだけでなく、早朝から出勤して仕事をしている便利屋にとっては、その香水の臭いがやって来ると「今日の仕事で何かトラブルが起きなければよいのだが。」と憂鬱な気分になってしまいます。何となく日曜日の夕方、笑点やサザエさんの番組がはじまる時のあの憂鬱な気分と同じです。朝から香水の臭いで嫌なスイッチが入ってしまいます。

因みに便利屋の妻は香水をつけません。一度だけ、長男の小学校の入学式で香水をつけて出席しました。ところが、長男から臭いと言われてしまい、二度とつけないようです。

確かに長男の言いぐさが酷かったのです。「パパが缶酎ハイを呑んで酔っ払ったとき、息の臭いと同じだから。」と言うのです。奮発して高級品の香水を買ったらしいのですが、だいぶショックだったそうです。

ここまで、香水を悪く言っては、収集を趣味としている方々に大変失礼な話しになってしまいます。便利屋は香水を付けている人を否定はしていません。ほどほどに香る程度で、やり過ぎには注意が必要です。マナーの面でも考えてみては如何でしょうか。

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2008年10月19日 (日)

原油バブルの終焉

便利屋は会社まで車で通勤しています。会社から支給される交通費は一定なので、ガソリン代が気になっていました。ここに来て、原油の価格が下がって、ガソリンが値下がりしているので安堵しています。

さて、あの有名な投資家でジョージ・ソロス氏が言ったように原油価格は7月4日のアメリカ独立記念日をピークに下落してゆくと予想をつけていました。

バブル崩壊の兆しは、投機が集中して、上昇率の傾きが急勾配になった時、途端に崩れるそうです。後になってから異常であることが気付くそうです。特に7月の原油価格では、1バレルあたり150ドルの値段はバブルだったと言うことです。

現在では70ドルを下回り、今年のクリスマスには、もっと下れば、安心して冬が越せそうです。原油が下がって一安心している便利屋です。

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2008年10月18日 (土)

サイズ変更

一昨年前から不思議と手の指の太さが増えました。昨年から結婚指輪が入らなくなってしまい、10月の結婚記念日を機会に指輪のサイズ変更をしました。結婚時にはサイズが16でしたが今回、17.5に大きくしました。

体重は増えていないのですが、筋肉が減ってぜい肉が増えたようです。この一年で適度に運動してぜい肉を減らし、また指輪を付けられるようにしようと頑張りましたが、やはり無理でした。

指が太くなったと言うことは、少しは貫禄が付いたのかと思うのですが、胴回りの計測ではメタボではないので一安心しています。しかし、結婚当時、ズボンのウェストが76cmでしたが、今では79cmになってしまい、指のサイズは細く出来ませんでしたが、ウェストサイズは3cmのダイエットを検討しています。

とにかく、健康のためにもウェストの方は引き締めないと、いつかはメタボになってしまします。会社の健康診断でメタボ診断をされてからでは遅いので、何とかこの1年で引き締めましょう。

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2008年10月12日 (日)

お金を動かす?

昔から金は天下の回りものと言いますが、経済はお金が回れば成長しないと言うことは、便利屋でも知っています。しかしながら、巨額の投資をしてそれを動かして一儲けするやりかたは?何故か変な話です。

もともと、工業力のある生産性の高い日本が投機ファンドで食いつぶすなど、地道に働く労働者は単なる冷や飯を喰わされるだけです。原油高騰でも投機ファンドで一儲けし、いずれは暴落したら、今度はどの投機に手を出すか?例えば穀物や食料などに手を出されたら、たまったもんじゃありません。穀物の値段が10倍になったら、我が家のエンゲル係数は増大してしまいます。

何故か、変な話です。パソコンを使ってインターネット上でキーボードを叩くだけでお金が入ると、それも大金が入れば、誰もがまともに働かなくなります。バブルで膨らんだアメリカは投機ファンドに手を染めて、ものづくりを止めてしまいました。

所詮、一時に大儲けしたお金は、また、何処かへ流れてしまうものです。無くなったときに、今までやってきた愚かさに気が付くものです。便利屋は地道にやっていくほうを選びます。

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2008年10月11日 (土)

昔と今の企業

断わって於きますが、便利屋は評論家でもなく、経営陣でもなく、単なるサラリーマンです。便利屋の独断と偏見で言わせてもらいます。

日本は1992年のバブル崩壊後、何故か日本の企業体質が変わってしまったようです。例えば戦後復興の日本は企業体質として日本人そのもの文化、人情、助け合いを大切にしてきました。ところが、失われた10年で何をやってきたか、バブル崩壊後、大切なものが無くなってしまったのです。

あのころ、破竹の勢いでアメリカが経済成長し競争原理の上で一人勝ちしてきました。それを真似して日本の企業も成果を上げたものが報われる成果主義に移行してきました。ところが、一人勝ちしていたアメリカもサブプライムローンの焦げ付きから、大手証券リーマン・ブラザーズの破綻など、行き着く先の無い状態です。競争原理や成果を出したものが報われるやり方も限界にきているのも事実です。

今、日本の経済も未曾有の危機に陥る兆しがあります。その為には、企業体質を見直す時期に来ているような気がします。例えば、「最低限、従業員とその家族は会社が守る。」と一言いえる社長がいるでしょうか?成果主義では不況に陥ったとき、何の効果もありません。何故かと言いますと報われようとしても、儲からないのですから、逆にリストラ社員の抽出になり、恐怖政治になってしまします。

株主様、お客様を大切にするのはもちろんですが、ステークホルダーは従業員とその家族も含みます。また、今度、従業員のリストラを行なったら会社は潰れます。もし、社長の一言で従業員の考えはかわります。守ってくれる会社がなくなれば自分たちが危ないと思うでしょう。そうすれば従業員は必死になるものです。

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2008年8月31日 (日)

妻の病

妻は便利屋と結婚する前から病を患っていました。その病は現代病とも言えるうつ病です。妻も結婚前は公務員で働いていたのですが、職場でかなりのストレスにさらされて便利屋と結婚する際に公務員を辞めたのです。

うつ病はこころの風邪と言いますが、風邪は万病の元と言います。うつ病も同じようです。結婚後は何もせず、うつ病は快方へと向かったのですが、やはり何度か再発もしました。長男を産んだときは大丈夫だったのですが、次男の産んだときは産後うつで大変でした。

現在まで、妻がうつ病にならないように心掛けているのですが、何かと妻に気を使っている便利屋を見て職場では愛妻家と言っています。それは、どう見られようと構わないのですが。やはり、便利屋も気丈な振りをして、何気なく楽天的なふりをして妻に刺激を与えないようにしています。

早朝から出勤するのも、朝食を取らず一人で起きて会社に行き、早々に定時退社で帰宅して妻を安心させて子供たちの笑顔でほっとするのです。10年近くこの様な状態を続けると体もガタが出るようです。

今まで腰痛やメニエル病なども患ってしまった便利屋ですが、その様な姿を見て妻は心配しているようです。幸いにも、便利屋の性格はうつ病とは程遠いのですが、その分、体に異常が出るようです。弱気になっているように思えますが、ここまで何とかやってきました。

所詮、いつかは時が解決してくれると信じています。いずれ子供たちも独立して巣立った暁には、妻と一緒に旅行でもして楽しみたいと思っています。その日が来るまで家族が元気でいることが大切です。供に長生き出来るように心掛けたいものです。

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2008年8月24日 (日)

秋の始まり

夕方から、次男がむずかり始めてきました。夕飯を早めに済ませて、次男を自転車に乗せて出かけました。

日差しも傾き、影法師も長く、早くも、遅くも秋の気配が感じ取れます。朝夕は涼しくなり、夜の虫の音も一層深くなります。前かごに乗っている次男は、お腹もいっぱいになったので、ご機嫌も良くなりました。

早稲の田は稲穂を下げてきました。一ヶ月も経てば美味しい新米が食べられます。「あれが、お米になるんだよ。」と田んぼのあぜ道を走りながら次男に言いました。2歳半の次男には、まだ理解ができません。長男の時も同位の歳のころ、同じ事を言いました。

ふと、次男を見ると眠ってしまいました。お昼寝も短かったので、自転車に揺られて気持ち良さそうに寝ています。そっと起さないように抱っこして布団に運んであげました。網戸の外からは、「リーリー」とアオマツムシの鳴き声が聞こえています。

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2008年8月23日 (土)

北京オリンピック後

北京オリンピック、日本選手も頑張りました。しかし、何か変んです。前回のアテネの時と違うのは、何故か活気がないのです。

選手たちの不振とか、そう言うものではなく、例えば、オリンピックの年は、経済とか消費者の拡大とか、景気の良い話を耳にするものですが、何か盛り上がりが欠けています。おまけに原油高騰も影響しているようです。政府も補正予算で景気対策に乗り出すそうですが、それがどれくらい効果があるのか、疑問です。

特に北京オリンピック後では、中国の経済もどのようになるのか、あれほど成長していた経済が鈍化してきて、もし、中国経済が崩壊したら日本も多かれ少なかれ何らかの影響はあると思います。

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2008年8月16日 (土)

送り盆から宿題

今日は、送り盆で夕方、お墓に行きますが、お盆様も送ったとのことで、今夜は家族で焼肉でも行こうと言ったのですが、白けてしまいました。

さて、白けたついでになってしまいますが、長男が憂鬱な表情をしています。もう、夏休みが終わりに近づいているからです。夏休みの最初は、宿題は一日で終わらせると意気込んでいましたが、理科研究や図工(絵)、習字、読書感想文など、まだやらなければならないことがたくさんあります。幸いにも、テキストブックだけは終了させました。

このような状態だから、やはり、焼肉に行く気にならないのでしょう。仕方ないので、今日は習字、明日は図工(絵)をやらせましょう。

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2008年8月10日 (日)

夏の風物詩

夏の風物詩は、蝉の鳴き声です。便利屋は子供の頃、ニイニイゼミが鳴きだすとわくわくしました。一学期も終わり、夏休みになるからです。家族で旅行へ行ったり、おばちゃんの家へ泊まりに行ったり、いろいろ楽しみがあります。

ニイニイゼミからアブラゼミ、朝夕にヒグラシ、立秋を過ぎた頃からツククボウシと蝉の鳴き声も変わってきます。夜になればウマオイやエンマコウロギたちが鳴き始め、お盆を迎えます。そろそろ、夏休みの宿題が気になります。宿題は、あと何と何が残っているか。

いつの間にか朝の空は秋の気配を感じさせます。残暑はまだまだ続きますが、夕方の影法師は長くなり、夏休みを振り返るようになります。今年の夏も暑いです。残暑お見舞いを申し上げます。

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2008年8月 9日 (土)

智歯

親知らずを智歯と呼ぶらしいのですが、便利屋はこれほど親知らずに悩まされるとは、思いも寄りませんでした。一月ほど、ブログの更新を休んでいた理由は、右の上顎が痛くなり、口も開けられなくなってしまったのです。

最初は顎関節症にでもなったのかと思い、口腔外科へ行きましたら智歯周囲炎と診断されました。腫れを引かせるために抗生物質を10日間も飲んでいたのです。一向に良くならないので医者からは入院を勧められましたが、自宅から通えるので通院しながら3日間の点滴治療でやっと引きました。

その後、抜歯したのです。抜歯は半日程度、痛みましたが翌日には、痛みは引きました。しかしながら、智歯周囲炎では約10日間も痛みました
親知らずは、歯を抜くのが大変だと言ってましたが、便利屋の場合は、智歯周囲炎を治すほうが大変だったのです。

妻から言われたのですが、歯を痛めて苦しんだ経験がないと気が付かないらしいのです。また右下顎の親知らずも抜く必要があります。歯茎の中に埋没していますが、いずれ破れて顔を出すそうです。一ヵ月後に抜く決心をしました。

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2008年7月 5日 (土)

持病と付き合う

便利屋の持病は、3つ抱えています。腰痛、四十肩、メニエル病ですが、これらの病は40歳を過ぎてから症状が出てきました。男の大厄は42歳となりますが、これは体調が変化する歳なのでしょう。前厄から後厄まで3年間はいろいろありました。

とにかく、20歳代から30歳代に掛けて不摂生が厄年になって返ってきたようです。幸い成人病の診断こそないのですが。確かに20歳代から30歳代は何をしても不安はなかったのです。まさしく天下無敵の浮沈戦艦でした。

今になっては、浮き沈みの大きい荒波に翻弄されていますが、浮沈戦艦も多少ガタが出てきたようです。やはりメンテナンスも必要になります。長期休暇と行きたいのですが、そうは行きません。あと14年先の定年退職までお預けです。

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2008年6月28日 (土)

プレステ2修理

今年の3月に購入したプレイステーション2が故障してしまいました。本来なら便利屋が修理をしても良いのですが、無償保証期間中なので修理に出しました。

そのつなぎとして、今週の水曜日にハードオフに行ってジャンク品のプレイステーション2(旧式)を3,150円で購入してきました。シャンク修理は便利屋の特技なのでソニーの修理封印を剥して修理しました。症状はディスクが読み取れない、また、トレーの出し入れでガタガタと音がしたり、途中で止まってしまいます。

読み取りエラーの修理は簡単でした。原因は一目瞭然でした。レーザーダイオードのレンズに埃やゴミが付着しており、これではディスクから反射してくる光を読み取れません。メガネ用のクリーナーを綿棒に少量つけてふき取ります。ついでに、光を調整するボリュームも少し時計周りに回しておきました。

電源内部もエアブラシを使って掃除したのですが、ギョッとしたのは、中から陰毛が出てきました。とりあえず、気を取り直して周囲をアルコールで掃除?消毒?して、試験的に動作確認しましたら、バッチリと読み取り再生しました。しかし、ファンモータが目詰まりするほどの埃りですから、内部と外側の掃除?消毒?は入念にしました。

トレーの出し入れでガタガタと音がでるのですが、これは、トレーがプラスチックなので経年経過で少し歪んでしまうのです。何度か矯正できないものかといろいろやってみたのですが、出し入れには支障が無いので止めました。また、ベルトが緩んでしまったため、モータが空回りしてトレーも途中で止まってしまうのです。ベルトを輪ゴムに代替しましたら、止まらなくなりました。意外なことを言いますが、輪ゴムは丈夫でして、以前にもカセットデッキを修理した際には威力を発揮しました。当然、今でも現役で動いてます。

とにかく、つなぎで購入したのでこの程度で終わりにしました。修理に要した時間は2時間程度です。ハードオフには2,000円程度でプレステ2のジャンクがごろごろありますが、症状は読み取りエラーのようです。今回は元箱付だったので3,150円だったのですが、つなぎでしたら2,000円のジャンク品でも良かったようです。

正規で出した修理品が上がってきましたら、便利屋が修理したプレステ2は誰か知り合いに3,150円で譲ろうと思います。最新のプレステ2はトレーが出し入れするのではなく、ドア開きで直接ディスクを取り付けられるようになり、また、レーザーダイオードのレンズも直接見られます。多分、トレー駆動用のモータ削除によりコストダウンしたようです。保守性も考えて対策を練ったように思えます。

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2008年6月22日 (日)

プラモデル

子供のころ、プラモデルはよく作りました。何が楽しいか、それは、こつこつと少しづづ作りあげて完成させることが楽しかったのです。ところが、最近の子供たちはプラモデルを作りません。何故かゲームの方が楽しいようです。

いずれにしても、子供の頃、プラモデルを作ったから今が器用なのかも知れません。丁度、手先が器用に成る年頃は小学生から高校生に掛けてです。不器用なまま長男を育てたくないのです。これを理由に、現在、長男と一緒に大型のスケールモデルを作っています。

実は、便利屋がプレステ2のゲーム「鋼鉄の咆哮2 ウォーシップガンナー」にはまり、ゲーム内容は戦艦を設計してミッションに付くシューティングゲームです。今では長男がはまってしまいました。戦艦を自ら設計して戦闘するのが面白いようです。そこで戦艦のプラモデルを作ってみようと言ったら、やろうと長男が乗り気だったのです。本当は便利屋も欲しかったのですが。

大きさは130cmもある戦艦大和のプラモデルです。インターネットで購入したのですが、箱の大きさに驚き、長男を横に並べてら、箱のほうが大きかったのです。また、インターネットの個人のサイトで詳細な作り方を紹介しているので、それを参考に作っていますが、1000点以上にもなる部品と格闘しています。

5月から起工していますが、完成までには時間が掛かりそうです。既に長男は飽きてしまい、早く完成した姿を見たいと言ってます。工期は2ヶ月間としたのですが、便利屋も忙しかったので大幅に遅そうです。出来上がったら、アクリルケースに入れて大切に保存したいと思います。

長男には戦艦大和の歴史的な背景も話しをしながら作っています。何故かその話しは興味をもっているようで、DVDの「男たちの大和」を見せてあげようと思っています。そう言えば、便利屋も戦艦大和は日本人の男の船として親父から聞かされたので、同じことを今になって話しているようです。

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2008年6月21日 (土)

しばらくぶり

この3週間は、仕事と私用で忙しく、ブログを休んでいました。忙しいときには、いろいろと重なるもので、事の始まりは、便利屋の親父が膝の皿を骨折、実家が堤防の拡張工事に掛かかてしまい国交省と用地買収の交渉、長男の授業参観、次男が水疱瘡になったり、いろいろありました。

仕事では部長代理が書いた常務会稟議がなかなか通らなく、その資料作りのサポート、会社の展示会説明員、会議の資料作成、部長の資料作成、某業界団体の副委員長として議事録の作成、度重なって出張も多く、多忙でした。

何故か自分の仕事でなく、他人の仕事なのですが、全て現金問屋で処理してしまい、ここまでやって、終わりとして跡癖を付けないやり方をしています。簡単な仕事なので、大したこと無いのですが、私用ではそうは行きません。土日にいろいろやらなければならないので、自分の体も休まりません。

落ち着いてブログを書くことも出来ないでいると、何も書く気になりませんでした。何かと多忙でしたが、峠を越えたようです。先週はボーナスが出たので、家族とファミリーレストランで食事でもしましょう。

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2008年5月25日 (日)

下戸の冷酒

便利屋は下戸です。お酒はたしなむ程度に飲みますが、できれば百薬の長としたいものです。ビールとか、ワインとか、いろいろお酒の種類はありますが、便利屋の苦手なのは日本酒の冷酒です。他に吟醸酒も苦手です。

昨日、町内会の寄り合いで、久しぶりに日本酒の冷酒を飲んだのですが、次第に顔色が悪くなり、額から冷や汗が出てきたのです。そんな便利屋を見て周囲の人は心配してお酒をすすめませんでした。

とにかく、便利屋が日本酒を飲む場合、熱燗にしてもらい、出来るだけ熱くしてもらいます。燗冷ましにならないうちに一合飲めば十分なのです。妻の父親(義父)が便利屋にお酒をすすめるとき、冷酒が飲めないのを知っているので、必ずそうしています。あまり、美味くない酒になってしまうと言われてしまいそうですが、悪酔いしないのです。義父は酒豪なので、お酒の飲み方を知っています。たしなむ程度しか飲めない便利屋に悪酔いしない飲み方をさせてくれるのです。

ところが、町内会の寄り合いはそんなのお構いなしですから、未だに体調がよくなりません。吐き気はないのですが、頭痛がひどいのです。ココアは二日酔いに効くと言われているので、これから飲むとします。

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2008年5月24日 (土)

介護

便利屋には、両親がいます。親父は80歳を過ぎ、御袋は70歳代後半です。また、一人娘の一人っ子だった妻も両親がいます。便利屋の両親より少し若いのですが、二人とも70歳代を越えています。

ところが、まだ、老人がいます。便利屋の伯母がいまして、親父の姉になりますが、3年前に夫(便利屋から見れば義理の伯父)を亡くし、子供もいないので、身寄りが便利屋の親父だけになってしまいました。現在、介護施設にいます。

妻から言われることは、「体だけは、気をつけて、5人のお年寄りと家族がいるから。」確かに便利屋の肩の上には大きなもの背負っているのです。持病の腰痛が治らないのもこのせいかも知れません。

ただ、このような同じ境遇の人は便利屋の世代ではたくさんいると思います。団塊の世代と比較しますと、団塊の世代は戦争を挟んで生まれたので男の人は三男、四男です。長男とは10歳以上離れています。財産を引き継いだ長男(兄)が両親の面倒を見ますが、その分、親の加護を受けて育てられていないのです。

しかし、もはや戦後ではないと言われた高度成長時代に生まれた便利屋の世代は、核家族で、兄弟も少なくなり、充分に親の加護のもとで育てられました。両親が老いれば子供が面倒を見ることになります。

今、給料やボーナスから税金や健康保険、年金以外に介護保険も天引きされていますが、それは、老いた両親のために経済的な負担や介護の負担を少なくするために必要です。介護保険を払うのも当たり前と思っています。

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2008年5月11日 (日)

原因不明の病気

原因不明の病気と言って、何かの崇りかと言われそうですが、実は便利屋の腰痛なのです。重いものを持ったとか、運動をしたとかで腰を痛めるのではなく、寝ているだけで翌朝腰が痛いとか、30分程度、胡坐をかいて座っているだけで腰を痛めたり、何とも原因不明の病気です。

持病になった腰痛ですが、最初に痛めた時は覚えています。まだ、30代の後半、仕事の最中ですが、中腰の姿勢で重いものを持たなければならなく、1時間ほどその姿勢で作業を続けていたら、次第に腰に違和感を感じ、翌日になると立ち上がるのもやっとの思いなほど、痛くなってしまったのです。その時は、単なる筋肉痛と思っていました。

そのまま、2,3日寝ていたら腰の痛みも無くなったので、医者にも行かず、放っといたのです。何故かそれから癖になったようです。いつもながら、ゆっくりと治療に掛かれれば、良くなったと思うのですが、何かと忙しくて十分な治療が受けられない状態でした。

今では医者に言っても、腰を引っ張る器具と飲み薬で治療するぐらいなのです。あの当時は軽く思っていたのも、今となって持病となって悩まされるとは、愚かにも程があります。これを反省材料として、今年も早めに人間ドックを受けることにしましょう。

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2008年5月 4日 (日)

原油高騰

昨年来から原油が高騰し、車が好きな便利屋もガソリン代が高くついてしまい、また生鮮食料品も値上げしているので、このインフレは安月給の便利屋にとって大変痛手になります。

さて、日本の経済力は第1次、第2次オイルショック時のような狂乱物価までには陥らないのですが、原油高騰の理由は、産油国の紛争とか、中国、インドの経済成長によるエネルギー需要の増加とか、言われていますが、本当の原因は投資家の集中らしいのです。原油の仲買いで価格を吊り上げているようです。

産油国が増産しない理由は、仲買いによって高騰しているので、もし、増産すると、消費国の備蓄が増えるため、いずれ供給過剰となり、原油の価値が下がり、或いは供給過多になると暴落してしまいます。産油国が儲からなくなります。これが増産の要請に応じない理由だそうです。

確かに、産油国の立場で考えると「誰が投資家のために増産するか?クソ食らえ」と罵声が聞こえてくるような気がします。しかし、バブルのようにいつか弾けるとき、原油もデフレを起します。最後の笑うのは消費者です。それまでの我慢です。

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2008年3月30日 (日)

うつ病

正直な話ですが、便利屋の妻はうつ病です。公務員の仕事をしていまして、仕事の関係でうつ病になり、結婚して仕事を辞めました。薬やカンセリングでよくなりましたが、また、次男が生まれたときもうつ病になりました。最初の頃は、何故、思い悩むのか?理解が出来なかったのですが、長いこと付き合っていると、何となくうつ病の接し方がわかってきました。

要するに文句を聞いてやることです。言うがままの文句を聞きき、決してこちらから反論しないことです。黙って聞いて、ただ、うなずくだけです。30分もすれば、文句は終わります。毎朝、悲観的なことを言われ、渋い気持ちで会社へ行く身もつらいのですが、うつ病は朝が一番つらいそうです。病気なのだから仕方ないと思えばよいのです。

夕方、帰宅すれば、今日あったことを妻が何気なく話すので、便利屋も同調するように話を合わせます。とにかく、これも毎日ですから便利屋も慣れてきました。

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2008年3月29日 (土)

卒業

卒業と言う言葉は、かれこれ20年以上聞いたことがありません。何故か大学を卒業するときを思い出しました。卒業式に両親は来ませんでした。それもそのはずです。何事もなく留年せずに卒業できたから親も安心したのか、何処へ旅行にいってしまいました。

卒業は節目であり、節目には一時の安心があります。修学を終えた安心と辛く大変だった時を乗り越えた安心です。卒業から入社式まで、普通なら卒業旅行を行くのですが、便利屋は何処も行かず、APPLEⅡコピー版の8ビットパソコンの製作に没頭していました。

しかし、それはその時だけで、その後は不安がありました。これから何が待ち受けるか、希望などなく不安の方が大きかったことを覚えています。あの頃は、若いのに何故か疲れていました。

学生生活を楽しんだように思えますが、田舎者の便利屋にはそのようなことは感じませんでした。ただ、16年に渡る学校教育が終わったと感じただけです。

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2008年3月23日 (日)

轢き殺してゆけ

先週の土曜日、久しぶりに図書館へ行きました。珍しく暇だったので何か情報を仕入れようと思ったのです。そこで、DVDの貸し出しがあったのでNHKスペシャルで10年前に放送した「街道をゆく」を館内の視聴コーナーで何気なく見てきました。

司馬遼太郎氏といえば、歴史物の小説を書く作家ですが、太平洋戦争当時は学徒出陣で戦車隊に配属されていました。終戦は栃木県佐野市で迎えたのですが、終戦を迎える前まで、本土決戦で自分も死を覚悟したそうです。

当時、敗戦の色濃い昭和20年、本土決戦に備え、ある疑問が涌いたそうです。決死の覚悟で敵陣まで戦車隊が突き進むとき、もし、向かう方向から大八車に荷物をのせて逃げてきた民がやってきたら、進むことができないので、その時、如何にすればよいのか将校に尋ねたそうです。返ってきた答えが「轢き殺してゆけ」と言ったそうです。

精鋭の戦車隊は皇軍でもありながら、弱い国民を見捨て、轢き殺してゆくと言ったことに、司馬氏は狂気に思えたそうです。軍隊は国民を守るためにあるもので、組織を守るのか?使命を守るのか?本来と違ったものになってしまう日本人とは?何かを考えたそうです。

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2008年3月15日 (土)

易学

便利屋は易学のことはわかりませんが、運勢では前厄の満40歳の年回りから満45歳の年回りまで、6年間は前厄、大厄、後厄、そして八方塞などの凶年が3年続き、トータルで6年間は凶年だったようです。今年の旧正月から凶年とは、おさらばでした。今まで、6年間を振り返って見ると、良い6年だったのか、悪い6年だったのか、どちらとも言えません。

便利屋にとって、良くも悪くも解釈しだいで、どうでもよいことなのですが、転機があったのは確かでした。6年前はITバブル崩壊の影響で、会社で仲の良かった同僚がリストラされてしまい、便利屋も自分から職場を異動し、カルチャーの違いに戸惑っていましたが、しだいに慣れてきて今に至っています。

良くも悪くも、いろいろ乗り越えてきたと言うことです。これから脂ののった年齢になったのです。とりあえず、開運の年だと言って調子に乗らないことです。所詮、易を信じるより、競馬の予想のほうが当てになると思っている便利屋ですから。

さりとて、このようなことを言ってしまうと易学を信じている方々に大変失礼なことになってしましますが、便利屋の言いたいことは、運勢を信じて何も努力をしなくなってしまったら終わってしまいます。今年は運勢が良いから頑張らなくても上手くゆく、または、今年は運勢が悪いから何もしない。このようになったら、何のために生きているのか?となってしまします。要は程々にすると言うことです。

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2008年3月 9日 (日)

リサイクル

便利屋が子供の頃、屋敷の裏庭には、一坪ぐらいで深さが1m程度に掘ったゴミ捨て場がありました。殆ど生ゴミはそこに捨てていました。夏場は悪臭が臭うので、生ゴミを捨てた後、土を被せました。一ヶ月も経つと、いっぱいになるので他の場所を同じように穴を掘ります。いずれ、生ゴミは分解されて土にかわり、畑の肥料になります。これぞ、究極のリサイクルです。

現在、生ゴミ処理にコンポストがありますが、原理は同じです。昔からやっていることです。しかし、今はスーパーの買い物袋はビニール製になり、食品はプラスチック容器を使うので、そのまま捨てられません。昔は袋と言えば古新聞で包んでいました。だから、生ゴミと一緒に捨てたり、また、風呂の焚き木と一緒に燃やしてしまいました。

使いやすさからビニール袋やプラスチック容器を使うようになってしまいました。最近、ゴミの埋め立てで自治体も苦労していますが、これからは、処理するときに困らない方法を考える時代です。

話がかわりますが、何故かアトピー性皮膚炎とか、花粉症とか、アレルギーで悩まされる人が増えてきました。買い物袋が古新聞のころは、アレルギーで悩まされる人など居なかったと思います。この件とは全く関係のないことですが。

一昔前の生活は、衣食住に困っていたとは思えません。言い換えますと便利さを追求すると、思いも寄らないところに弊害が出るということです。

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2008年3月 2日 (日)

デスクトップパソコン

便利屋の所有する一番古いパソコンで2002年の3月に購入したパソコンですが、必要なものだけバックアップして、フルインストールを行ないました。ウィルスには感染していませんでしたが、ウィルスバスターも2008にしました。とりあえず、インストールはすぐに終わったのですが、バックアップ用のCDが古いため、その後、アップデートするだけで、半日掛ってしまいました。

それ程、大切なファイルはありませんでしたが、子供たちの写真や動画の記録がありましたので一様、バックアップしておきました。現在はモバイルのノートパソコンを主に使用しているので出番が少なかったのですが、このデスクトップパソコンも6年間使ったことになります。

丁度、長男が二歳半の時に購入し、あの時、長男の悪戯相手がこのパソコンでしたので、何度も出来かけのデータを壊されました。バックアップしたファイルの中には、6年前に会社の友人と家族でバーベキューしたときの写真が出てきました。あれから同じように皆が6年が経過し、同じだけ歳をとったと言うことです。リフレッシュしたこのパソコンも、あと何年使えるかわかりませんが、まだまだ使えそうです。

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2008年2月24日 (日)

転ばぬ前の杖

便利屋の持病は腰痛です。腰痛と付き合いはじめて約10年になります。普段から気をつけているのですが、こればかりはどうにもなりません。

腰痛を起す原因はいろいろありますが、何げなく起き上がるときや転びそうになり体制を支えるときに腰を痛めてしまいます。何故そのくらいで腰を痛めてしまうのか、考えたことがありました。

腰を痛めたきっかけは、かれこれ、10年前です。仕事で重たいものを持っていたとき、中腰の状態で転びそうになったときでした。十分に治療もせずに2、3日寝ていたら治ったのですが、それからだったと思います。

その前は、会社のサークルで野球をやったり、スキーをしたり、山を登ったり、中学生の頃は柔道もやっていました。

精密検査では、医者から腰は長く付き合うしかないでしょうと言われてしまいました。初めて腰を痛めたとき、寝てれば治ると思い十分に治療をしなかったことが仇になったようです。

さすがに困りましたが、仕事で出張のときなどは必ずコルセットをしています。転ばぬ前の杖はコルセットになっています。

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2008年2月16日 (土)

春よこい

紀元節の連休を過ぎると春一番が吹くころになります。福寿草も咲きはじめ、一雨ごとに暖かくなる三寒四温の時期になります。頭上を見上げれば、甘い香りのする梅も咲きはじめます。梅の蜜をなめにメジロがやってきます。

春に咲く花は何故か黄色が多いのです。それは、たぶん虫を集めるためと思います。黄い花の中は、虫が活動するのに丁度良い温度になっているからです。花の中を目をこらして見ますと小さな虫たちがたくさんいます。虫は受粉をしてくれるため、植物にとっては、重要な働きをします。暖かい場所に集まる虫の習性を使った植物の知恵なのかも知れません。

便利屋も同様に春が来るのを待ち遠しくなります。少しづづ春がやってくる気配はうれしく感じるものです。

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2008年1月27日 (日)

しばらくぶり

しばらく子育てと家庭サービスが忙しくて、写真を撮りに出かけられなかったのですが、1日だけ写真を撮りに出かけました。場所は渡良瀬遊水地です。そこは、猛禽類のチュウヒやミサゴ、ノスリが冬越しするところで有名なところです。また、ベニマシコやジョウビタキなど小鳥もたくさんいます。

10年前に購入した600mmの超望遠レンズと昨年オークションで落札したデジタル一眼レフのニコンD70とD1x、ジッツオの大型三脚の重装備です。ところが、最近ではデシスコと言って野鳥専用の望遠鏡(スコープ)に安価なデジカメを付けて写真を撮っていました。小鳥の写真には、たいへん便利です。安くて軽く携帯に便利で写りも望遠レンズで撮ったのと変わりませんでした。

とにかく、これには参りました。年月が経つのは早いもので、重たくてお金の掛かった写真機材は時代遅れのようです。病と道具は軽いほうが良いといいますが、時代も変わってしまったと言う事です。

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2008年1月26日 (土)

パソコン復旧

便利屋は仕事がら、パソコンを3台もっています。デイスクトップPC、ノートPC、モバイルPCになりますが、普段は携帯に便利なモバイルPCを使っています。3台ともWindows Xpですが、毎週土曜日はパソコンの保守をしています。保守と言ってもウィルスバスターとアップデートだけです。

3台の中でデイスクトップPCが一番古く、某社の2002年春モデルでWindows Xpが出た時に購入しました。5年以上使っていますと当然、トラブルが起きます。とにかくウィルスバスター2007から2008に移行したとき、他のPCは大丈夫だったのですが、一番古いデイスクトップPCだけ、インストール後、ネットが繋がらなくなり、アップデートもできなくなってしまいました。

原因がわからなかったのですが、ウィルスバスター2007に戻したら正常に動作しました。メモリーは512MBに増設しているのですが、たぶん、スペックが追いつかなかったかも知れません。もう古くなったので、一旦、PCを真っ白にして、再度Windows Xpを再インストールしてしまおうと思いましたが、ハードのスペックが限界になっていると思い、やめることにしました。

いずれにしても、5年使えば減価償却したのも同然なので、ウィルスバスター2007のサポートが終わりしだい、スタンドアロン化してしまう予定です。そろそろPCも代替わりになるのかと思いますが、使えるだけ使うつもりです。

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2008年1月12日 (土)

家訓

正直に言いますが、便利屋は臆病です。決して危ないことには手を出さない性格です。確実なことしかしません。これは家訓から来ています。自信のないものには手を付けません。ただ、自分が驕ってしまったら仕方ありませんが。

便利屋の家では家訓がありました。父方の祖父からの言い伝えですが、株には絶対に手を出すな、小豆、まゆの相場(先物相場)に手を出すな、短期間で儲けて金を手にしたとき、必ずその後には、大きな損害があると言ってました。

地道にコツコツと生きて行きなさい。これが家訓と言うことです。何故かこの家訓は昔からあったのではなく、株の投資や先物の仲買をして生計を立てていた祖父の経験から来ているようです。

祖父は浮き沈みの多かった人生だったようで、親父は手に職を就けて印刷工になり、便利屋はエンジニアになったのです。腕に技量をつければ地味だけど一生食っていけるとのことでした。とにかく、どんな仕事でも腕をもっていれば食べてゆけると言うことです。

長男に将来、何になりたいか尋ねてみたら、「サラリーマン」とのこと、現実味の答えが返ってきました。何とも夢のない答えに、長男の父親として、家訓を守れると安堵しました。

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2008年1月 5日 (土)

四十台を半分過ぎた

今年は四十代の半分を過ぎる歳になります。何故かわかりませんが、白髪の量が増え、頭の側面が真っ白になりました。幸いなことに毛の量は薄くはなっていませんが、親父は便利屋と同年齢のころは既に薄くなっていました。しかし、残っている毛は黒かったことを覚えています。

便利屋も親父同様になると思っていましたが、どうやら頭髪の方は母方からの遺伝のようです。それほど頭髪のことはあまり気にしたことがありませんが、白髪が増えるのが年々加速しているように思えます。

白髪が急に増えるようになったのは、四十代を過ぎた頃からと記憶しています。確かに三十代のころもポツポツありましたが、全く目立ちませんでした。

まだ、若いと思っていても直ぐに五十の声を聞くことになります。無理は禁物ですが、メタボリックも要注意な歳です。健康には気を付けなければなりません。

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2008年1月 1日 (火)

年始のご挨拶

新年、明けましておめでとうございます。

今年も、便利屋のブログをよろしくお願いします。

元日

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2007年12月30日 (日)

年末のご挨拶

今年も残りわずかになりました。
家族が元気で過ごせることができました。

皆様

来年も良い年でありますように

いろいろと拝読、ありがとうございました。

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2007年12月29日 (土)

紅葉の葉も落ちてしまい、早朝は薄らと白い霜が降りています。この季節は便利屋にとって苦手です。風邪も流行りだし、今年のインフルエンザの流行は例年より早いそうです。

子供の頃、道端には霜柱が立っていました。日陰の池には氷が張り出し、霜柱の上を歩いたり、池に石を投げて氷を割って遊びました。寒い日には利根川へ行くと川面に薄氷が浮いて流れていることがありました。

しかし、今は地面はコンクリートとアスファルトで覆われしまい霜柱の上を歩く機会がなくなってしまいました。あの頃から比べれば温暖化が進んでいるようですが、年々暖かくなってくると霜も降りない冬になってしまうのでしょうか?

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2007年12月16日 (日)

埼玉県人

便利屋は関東平野のど真ん中の埼玉県出身です。荒川が県の中心部を貫いていますが、便利屋は埼玉県の北部の出身なので川と言いますと利根川になります。

男の子が生まれたとき、利根川の水を温めて産湯にしたり、百日のお食いぞめの儀式では利根川から拾ってきた手ごろな砂原石をなめさせたりします。便利屋の長男も次男も、産湯はそこまでしませんでしたが、お食いぞめの儀式は便利屋が赤ん坊のときになめた同じ石でした。荒川にしても利根川にしても、昔から恵みをもたらす大河、時には暴れ大河と言って、地域文化の暮らしに溶け込んでいます。

それと関係があるのかないのか、埼玉県人の性格は、ふだんは穏やかで親切な人たちです。しかしながら、気が短く、怒りだしたら手をつけられない性格です。それが本当かどうか、わかりませんが、埼玉県出身の有名人を見て観察してみればわかると思います。

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2007年12月15日 (土)

夕飯は5分で

便利屋は会社や出張先の食事は5分もあれば余裕で済ませられます。しかし、自宅で夕飯を食べるときは、テレビを見ながらだらだらと食べています。子供たちは既に夕飯は済ませているので、落ち着いた気持ちで食べたいと思っていました。とは言っても、妻はたまったもんじゃありません。早いところ片付けたいのです。

ところが、夕飯をだらだらと食べていたら、体重が増えてしまい、独身のころから比べると10キロも増えてしまいました。中性脂肪やコレステロールが高くなり、ウエストも79センチになってしまいました。今では、メタボリック症候群の一歩手前のように思えます。油断ができません。

人によりますが、便利屋の場合だけは、だらだら食べると太ってしまうようです。また、いつも夕飯に時間がかかると妻からも文句を言われているので、会社にいるときと同じように5分で済ませられるようにします。食事の量も減らせることができ、更に妻からも文句を言われずに済むので、一石二鳥です。

5分で済ませられる食事の量と5分で食べるダイエットを実行して健康管理したいと思っています。

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2007年12月 9日 (日)

写友の訃報

今から、7年前になりますが、便利屋の会社には写真クラブがありました。当然、便利屋もクラブに入会していました。人それぞれ、写真を撮るジャンルは様々でした。ITバブルで会社が傾いたときに廃部になってしまいましたが。

そのクラブで便利屋と意気の合った人がいまして、写真談義に語り合いました。その人は、もう定年に近い年齢でした。便利屋と一緒に埼玉県の県展に応募し、何度も入選していました。定年後は年賀状でお互いに連絡をとりあっていました。

ところが今月になって、その方の奥さんから喪中連絡のはがきが来ました。今年の3月に他界していたようです。確か今年の年賀状は来ていたので元気にしていると思っていたのですが、大変ショックでした。享年64歳で亡くなられたのですが、これからもっと写真を撮り続け、十分に楽しめる歳でした。愛用していたカメラは便利屋と同じニコンでデジタル一眼はD200を購入したと年賀状には書いてありました。

喪中はがきに向かい、便利屋は合掌しました。もう一度だけ、写真談義をしたかったと心でご冥福を祈りました。

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2007年12月 8日 (土)

物忘れ

歳を取ったのかどうか?ですが物忘れが多いので自分ながら悲しくなるときがあります。しかし、今、始まった話でなく以前から物忘れが多いので歳のせいにするのは変かも知れません。

しかし、毎週ブログに記事を書き込んでいますが、発想を思いつき、週末に記事にしようと思うのですが、その時になって何を記事にするのか忘れているときがあります。何かキィーワードを頭に入れれば良いと思うのですが、肝心のキィーワードを忘れてしまったら、元も子もありません。

ニワトリと変わらない便利屋の頭脳で、それだけ器が小さいと実感しています。パソコンのようにメモリカードの増設が出来れば便利なのですが。

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2007年12月 2日 (日)

便利屋が子供の頃、庭には柿木がたくさん植えてありました。柿木の枝は折れやすいので、木に登ることは大変危険なので、物干し竿で枝を折って実を取りました。皮を剥いて食べたのですが、渋柿が多かったので大部分は焼酎につけて干し柿にしていました。

便利屋はそれ程、柿が好きではなかったので、風邪をひいたとき、熱さましで柿を食べたくらいで、干し柿もお正月のとき、食べるだけでした。

しかし、柿木は晩秋になると葉が紅葉し、木枯らしが吹くと葉が落ちて黄色く熟した柿の実だけが残ります。その光景は晩秋から初冬の情景でもあります。

まだ、柿木が残っている農家を見かけますが、最近では、早熟の実が落ちる量が増えてきたと言うのです。原因は、夏があまりにも暑すぎると柿の実は、良く付かないと言います。そう言えば、熟れた柿がたくさん付いている柿木を見かけなくなりました。

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2007年12月 1日 (土)

カマキリの卵

今年はラニーニャ現象で暑い夏と寒い冬になるようです。しかし、これは傾向であって、必ずその様にはならない場合もあるようです。最近では、気象庁の発表も覆ることもあるので、何とも言えません。

それはともかく、20年ほど前、東北の平泉まで両親を連れて出かけたことがありました。まだ、あの頃は両親も働いていて、便利屋も20代で若かったので日帰りでした。中尊寺の紅葉が見事だったのを覚えていますが、もう一つ覚えているのは、土産物屋のおばさんが話してくれたことです。

カマキリの卵が高い所に産みつける場合、雪が多く、低いところに産み付ける場合は雪の少ない冬になると言ってました。同じことを、どこかのテレビ局の天気予報で話していましたが、
確かその年は、暖冬でしたが、カマキリの卵の位置がどうだったかは、覚えていません。

今年は、カマキリの卵の位置を確認してみようと思っています。寒い冬でも暖かい冬でも、いずれにしても、数十年後には気候変動がどのようになっているか、カマキリの卵の位置で冬の寒暖を予想できるのでしょうか。

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2007年11月17日 (土)

ユニクロ

便利屋の服は、ほとんどユニクロで間に合わせています。田舎の会社で車通勤になっているので、衣類にはお金をかけません。今年も冬物のハーフコートとセーターを購入しました。

しかし、衣類には無頓着な便利屋なので服の見立ては妻に任せています。あれを着て、これ着てと試着するので、最後には、どれでもいいと思ってしまいます。結局、最初に試着した服を購入してしまいます。とりあえず、それで失敗はしたことがないのです。

一冬、衣類代には5,000円から1万円以内で過ごせるので、衣類にはお金を掛けたことがありません。そう言えば、月に一回だけ出席する某業界団体の委員会にはスーツを着ますが、そのスーツもしばらく前のもので、今でも使っています。

多少、おしゃれをしても良いと思うのですが、衣類に関しては、全く興味がありません。ワイシャツでも襟が擦り切れるころ、買い換えてます。とにかく、ボロを着てもいける会社なので、便利屋の同僚も同じような成りをしています。

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2007年11月11日 (日)

晩秋の蕎麦

ススキの穂も白くなり、夕焼け空も赤く染まり、秋も晩秋から初冬へと季節がかわるころです。便利屋の住むところは、今が紅葉の時期になります。

さて、待ちに待った新蕎麦の時期になります。今年は秩父路の蕎麦をのんびりと食べ歩きたいのですが、家族サービスも必要になります。

今から4年前になりますが、同じ時期、家族で熊谷から秩父まで蕎麦屋をはしごして、ざる一枚程度食べては次の蕎麦屋へ行き、両神山まで行きました。ただし、蕎麦屋のはしごも二軒程度でしたが。

秩父路のドライブは、国道140号を使わず、正丸峠から長瀞へ抜け、皆野町から両神山へと抜けました。途中、宝登山に寄ったのですが、頂上から見た紅葉が見事でした。まだ、次男が生まれてなく、長男も小さかったので、あまり無理はしないで日帰りでした。

今年は、まだ次男が1歳半なので心配ですが、もし、行ければ家族で秩父路へ、紅葉と蕎麦道楽をしたいものです。

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2007年11月10日 (土)

無信心

便利屋は、情けないほど無信心です。神仏に手を合わせたことがありせん。手を合わせる時は、葬式で焼香する時ぐらいです。しかし、苦しいときの神頼みもあり、厄年の時は厄除けに行ってきました。

今では手の平を返したようにどこもお参りに行っていません。所詮、便利屋は現金問屋のような性格です。仕方ありません。

いつもお参りにきて、こうしてください、ああしてください、いろいろな人のお願いを聞いているのだから、神様も仏様も疲れてしまうと思うので、便利屋のような奴も良いじゃないか、と思っています。

今月、便利屋が参加している某業界団体の委員会は京都になります。上司からは一泊の出張で許可が下りたので、2日目は奈良まで足を伸ばし、一度は見てみたいと思っている戒壇院の四天王を拝観したいと思っています。

今まで、京都は何度か出張したのですが、奈良まで足を伸ばす機会がなかったので、大仏様に家族の幸せをお祈りしてくるつもりです。

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2007年11月 4日 (日)

赤とんぼ

実際には赤とんぼを指すのいはアキアカネやナツアカネのことです。便利屋が子供のころ、中秋から晩秋にかけてテレビのアンテナや物干し竿に等間隔にとまり、夕方になると群れで飛んでいました。

アカネの仲間は、初夏から梅雨ごろ平地の沼地で羽化し、気温が高くなる盛夏期には高原や高山へ移動し、秋雨前線が去った秋晴れのころ、尾を赤くして平地にやってきます。

先週、便利屋は次男を自転車の前かごに入れ、長男と一緒にサイクリングに行ったときのことですが、途中、小休止で自転車を止めた時、次男の頭の上に尾を赤くしたアキアカネがとまりました。

初夏から長旅してきたのか、疲れを癒す場所には丁度良かったようです。赤トンボは昔から精霊の使いとも言われます。たぶん、ご先祖様が便利屋の様子を見てくるように使わしたのかもしれません。

しばらくすると、とまっていた精霊の使いは、空たかく青空の中へ飛んで行き、小さく小さくなり、消えて行きました。

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2007年11月 3日 (土)

晩秋の蝶

早春に見かける蝶と違い、秋ではタテハ蝶の仲間がよく見られます。茶色い色をしたキタテハ、赤い帯が目立つアカタテハ、昨年からは南方系のツマグロヒョウモンまで、普通に目にします。

秋が深まり晩秋のころになると虫の音はしだいに静かになり、落葉樹は紅葉します。日中の温度差があるので、朝日があたる地面に羽を広げて、体温を暖めているタテハ蝶を見かけます。十分体が温まったら、草むらや家の軒先にとまり、冬越しする場所をさがしているようです。

便利屋もまだ心の中は童心なのか、今でも野外に出ると昆虫たちの行動に目を向けてしまいます。これから冬にかけて昆虫たちも冬眠に入るのですが、何となく、「また来年会うぜ。」と声を掛けたくなります。

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2007年10月28日 (日)

守宮

突然、妻がトイレで悲鳴を上げたので、何だと思って行って見たら、ヤモリがトイレの窓ガラスにはり付いていたのです。ヤモリは虫を食べるので別に悪いことはしません。ハエや蚊、ゴキブリなどを食べてくれます。

そう言えば、便利屋の実家には裏木戸の横にお稲荷様を祀っています。毎年3月の初午のとき、社代を開けて、あぶらげとすみつかれをお供えしますが、その時、社代の中で冬眠しているヤモリを見かけました。

ヤモリは漢字で「守宮」と書きます。守り神を守ると言うことなので、気味が悪いとか気持ち悪いと言って踏み潰してしまったら罰が当たります。

妻にその話をしていたのですが、そんな話よりも、その気持ち悪いのを何とかしてと言うので、便利屋は軽く摘まんで外へ逃がしてやりました。

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2007年10月13日 (土)

凡人が良い

天才とか、秀才とか、便利屋には、ほど遠い話しです。平凡な社会人です。このまま、何事もなく、過ごせれば十分です。今の職場では、便利屋が製品開発を業務していたころから比べると仕事の負担は軽くなりました。

仕事の負担を軽くした分、自分への投資ができました。これはお金や財産のような有形な投資ではなく、自分のスキルとして身につけたるために投資しました。状況に応じて何かプラスになるものを考えればよいのです。

日夜、トップギヤを入れて走っても自分の寿命を短くするだけです。ゆっくり走って、寄り道できるゆとりが必要です。

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2007年9月22日 (土)

運動会

今日は小学校2年生になる長男の運動会でした。成績の方は、駆け足は7人中3着、父兄の綱引きは負けてしまいました。お昼ごはんは、校庭の木陰の下で食べて、運動会が終わった後、家族でファミリーレストランで夕食をしました。楽しい一日でした。

夜、お風呂に入っているとき、長男は「やっと終わった。」と言い、夏休みが終わり、2学期の始まりから運動会の練習をやらされて、多少疲れていたようです。次の日から連休も続くので子供ながらに安堵しているようです。

便利屋が小学生のころも同じでした。夏休みが終わり、新学期早々から運動会の練習をさせられて、毎日、行進の練習をして、鼓笛隊の練習が嫌で全く参加しませんでした。任意参加なので関係がないと思って参加せずにいたのですが、皆から非国民扱いされました。また、背の小さい男の子は、列の人数調整のため、少ない女の子の列に入れられてしまいました。当然、皆からバカにされるから、運動会の当日は来なかったのです。後で判ったのですが、親が行かせなかったようです。ただ背が小さいと言うだけで、男なのに女の列に入ってフォークダンスを踊っていたら、親としてもいやだったのでしょう。ある意味では、差別ですから。

確かに皆で協力し合って競い合う運動会は大切ですが、運動会は嫌だった思い出しか残りませんでした。しかし、嫌でも我慢することも必要ですから、いつまでも運動会は秋の行事として続くことでしょう。

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2007年9月16日 (日)

昼飯

サラリーマンの昼飯は早いのが特長です。何も自慢するほどではないのですが、便利屋もそうです。社員食堂でも人があまり並んでいないメニューを選びます。確かに蕎麦は好物ですが、それ以外は何を食べても同じだから空いているものを選び、すぐに食べてしまいます

ある時、まだ他の人が皆が並んでいるのに、便利屋だけ、既に食べ終えて食堂から出て行く姿をみて、チャイムが鳴る前にフライングしたと疑われたことがありました。しかし、疑いは翌日はれました。その理由は一目瞭然だからです。とにかく、会社や出張先では、あまり食事には気を使いません。早く済ませたいので、一人でもくもくと食べてしまいます。

これで失敗したことがあります。それはお客さんと会食したときです。それも、そのお客さんは海外の人です。お客さんはまだスープを飲んでサラダを食べているのに、便利屋は、既にスープは飲み干し、サラダも食べてしまい、ステーキとパンまで食べていました。たぶん完食するまで15分も掛からなかったと思います。同席していた営業から大変、失礼なことをお客さんにしたと怒られました。

文化の違いと言うのでしょうか、欧米では食事は楽しむもので、会話をしながらゆっくりと寛いで食べるそうです。日本では、「はや飯、はや糞」はサラリーマンとして必要な技です。ただ、便利屋は得意技を会食でやってしまったのです。その後、同席していた営業が英語で何と言ったのか?わかりませんが何かフォローしていました。

とにかく、ビジネスマナーとは難しいものです。恥をかいた便利屋はビジネスマンではなく、ただのサラリーマンだったと言うことです。

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2007年9月15日 (土)

二百十日目と水塚

昔から、立春から二百十日目になると嵐がくると言われてます。丁度、穀物の刈入れ時期と同じなので農家は嵐がくる前に終らせます。昔は護岸工事が行き届いていないため、河川の氾濫が頻繁にあったようです。

便利屋が育った所は関東平野の中心です。昔から暴れ河と呼ばれた利根川が流れ、昔の人は水害対策に知恵を絞っていました。その対策として、農家は母屋の裏側に高く土盛りした上に穀物倉庫を建てていました。

それを「水塚」と呼び、穀物だけでなく、生活必需品や洪水になったときの移動手段として使う舟が置かれてます。また大人の言う事を聞かなかったり、いたずらした子供を水塚の中に閉じ込められたり、水害対策とは別に子供の躾にも一役かっていたようです。

21世紀になって地球温暖化による気象災害は、今後深刻な問題になっています。その対策に国は巨額な費用を投じていますが、やはり、「備えあれば憂いなし」と諺があるように普段からいざと言う時に備えておく必要があります。

近年、水塚のある農家はなくなってしまいましたが、台風の大型化により、河川の氾濫や土砂崩れを耳にします。何年経っても先人達の知恵は有効な手段になっているようです。

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2007年8月25日 (土)

循環

自然界には、生態系ピラミット構造があります。底辺では光合成を行い有機物を作り出す植物があり、その上に植物から有機物を摂取する草食動物、その上位に草食動物を捕食する肉食動物になります。また、動物の排泄物や生命を亡くした動植物を分解し土壌へ還元する微生物など、循環したシステムが作られているそうです。

上位にいる動物は下位にいる動物に比べて約1/10~の生息数になっていて、上位に行けば行くほど生息数が少なくなる仕組みになっています。このバランスが崩れると自然界は崩壊してしまうようです。

産業革命以後、人間社会から汚染物質を自然界に排出してきました。特に人間は生態系ピラミット構造の上位にいます。人口爆発によって、人間がもたらす原因で自然界のバランスは崩れるどころではなく、大変なことになっています。

話しを戻しますとピラミット構造の上位と下位の関係を逆に見ると人間社会から排出した汚染物質は捕食を繰り返すたび、上位に行くに連れ何十倍に濃縮されます。

最終的に自分が撒いた毒を自分で飲み込むことになります。回り回って利益や利害で無作為な行いによって、今になってツケが回っているようです。これは人間界の悪循環がまわっているようです。

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2007年8月19日 (日)

戦争はいやだ

このごろ、長男が便利屋に話し掛けます。「ぼくは、大きくなったら、いろいろな外国へ行く」と言います。そのあとから、必ず「外国は戦争をしいるの?戦争をしていると大きなカブトムシやクワガタが見れない。」と繰り返すように聞くのです。

続けざまに「日本は戦争をしないのか」とも聞くので、「日本は、むかし戦争をして、たいへんなめにあったから、みんなが嫌だと思っている。だから、戦争をしないよ。」と便利屋の答えに、何か安心したか、「戦争はいやだ。」と言って肯くのです。

どこで、長男は「戦争」の意味を知ったのかと思いましたら、広島、長崎の原爆投下の日、終戦記念日に便利屋の母が毎年決まったように広島や長崎、南方の方向を向いて合掌するのです。その姿を不思議に思って、長男は便利屋の母に聞いたようです。

便利屋の母は、肉親が遥か南方の戦地で亡くなったり、栄養失調で病気にかかり、弟や妹が亡くなったり、また、戦争や病気で子を亡くして悲しんでいる親たちの姿を見たり、子供ながらにつらい経験したこと長男に話したそうです。

そう言えば、便利屋も長男と同い年の時、母や祖母から戦争の話しを聞かされました。今では、戦争のつらい経験を話せる人も少なくなりました。戦争の悲惨さを伝え、二度と同じ過ちを起こさないように言い聞かせることは重要と思います。

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2007年8月18日 (土)

薄馬鹿下郎

どくとるマンボウと言えば北杜夫さんですが、便利屋はどくとるマンボウ昆虫記は大好きでした。そこで便利屋と共通して笑える話しがあります。

それはウスバカゲロウについてですが、北氏も便利屋と同じように面白い解釈をしていました。ウスバカゲロウは、漢字で書くと「薄馬鹿下郎」と思っていたのです。本当は「薄翅蜉蝣」と難しい漢字になります。それはともかく、「薄馬鹿下郎」で納得してしまっています。

その理由は、ウスバカゲロウの幼虫は蟻地獄ですが、神社など薄暗い縁の下にすり鉢状に罠をつくり、ひとたび蟻が落ちたら蟻地獄の餌食になります。ただ蟻が落ちてくるの待っているだけで、自分から餌を探さない、成虫は口が無いから何も摂取できずに数時間しか生きられません。

幼虫は待ちに待って餌を確保し、やっとの思いで成虫になっても、長く生きられず、何とも馬鹿らしい虫だと思い「薄馬鹿下郎」と名付けたのかと思っていました。

しかし、平安時代の歌では、情緒的な見方をしていて、短い命で雌雄の乱舞をするウスバカゲロウのはかなさ、ほんの一時の恋で終ってしまうせつなさを歌にしています。

とりあえず、便利屋はそう言う情緒には気付かない単純な人間なのです。

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2007年8月17日 (金)

うだるような暑さ

今年の暑さは観測至上初の記録です。とにかく、会社では冷房が効いているので、普段は居心地の悪いところでも、自宅よりは快適です。わざと残業して涼んでいたいのですが、そうはいきません。

さて、お盆も送り、長男の夏休みの残り2週間になりました。あいにく、宿題の読書感想文とお絵かきが残っています。今週の週末には終らせたいのですが、感想文を書く本がまだ決まっていません。この暑さでは、親のほうも参っているので、夏休みの宿題までみてやれません。

とにかく、お盆も送ったことだし、焼肉でも食べてスタミナを付け、乗りきるつもりです。しかし、この暑さは何時まで続くのでしょうか。

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2007年8月12日 (日)

おばあちゃんの家

便利屋が小学校の頃、夏休みになると母の実家へ行き、何日か泊ったものです。いとこたちも集まり、にぎやかでした。

一日の日課は、朝は夏休みの宿題をやり、その後は雑木林や川原に行って、虫捕りや釣りをしたり、お腹がすけば、冷やしたそうめんとミョウガの御吸い物を食べ、みんなでお風呂に入り、夜は蚊帳の中でみんなで寝たものです。

夏休みともなれば、だらだらと不規則になりがちでしたが、みんなが集まると意外と規則的で、たいへん楽しかったことを記憶しています。

それから、七夕(旧暦)では鎮守で夜祭り、旧盆には盆踊り、いろいろなところで夏休みの思い出が出来たものです。

しかしながら、今では、このような経験が無くなってしまいました。思い出づくりもディズニーランドやリゾート地になり、高く付きます。おばちゃんの家は、たいへん安上がりだったことでしょう。

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2007年8月11日 (土)

立秋

立秋を迎えると暦では、秋になります。この時期から夜になると虫の鳴が盛んになってきます。まだまだ残暑は残りますが、少しづつ秋の気配がしてきます。

立秋になると、早稲の田圃は稲の花が咲き終え、稲穂を付けて、しだいに垂れ下がります。田圃も水量を減らすのでカエルの合唱もしだいに無くなり、ウマオイやエンマコオロギたちの鳴声にバトンが代わります。

さあ、子供達の夏休みも後半になります。宿題もまだたくさん残っていたら、もう少し、頑張ってペースを早くしないと、土壇場になって大変なことになります。

便利屋も小学生の時、ツクツクボウシの蝉が鳴き始めると「宿題は、宿題は、」と急かしているように聞こえるようでした。

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2007年8月10日 (金)

家族旅行

便利屋の家族は、安曇野に家族旅行しました。8月8日と9日の一泊2日の旅行ですが、天候にも恵まれて、早朝の常念岳を見ることができました。7歳の長男と1歳半の次男、妻、便利屋と水入らずの旅行でしたが、楽しく行ってきました。

1日目の宿泊は赤松林に囲まれたペンションに泊まりました。オーナも親切で何かと便利屋の家族に気を使ってくれました。温泉に弱い便利屋ですが、長男と一緒に樽のお風呂に入り、長男は大喜びです。朝晩はクーラーがいらいほど涼しく、夜は満天の星空を見て、のんびりしたいのですが、よちよち歩きの次男が興奮気味でなかなか寝付かなかったので、便利屋が床に付いたのは夜の12時を回っていました。早朝は小鳥のさえずりで目が覚め、多少、寝不足ですが、朝のさわやかな空気に囲まれ、樽のお風呂につかり、寝不足を解消しました。

2日目の午前中は安曇野の周囲をドライブしました。常念岳は全景を見せてくれて、空気が澄んでいて山の頂がよく見えました。そのあと、アルプスあずみの公園と大王わさび農園に立ち寄りました。長男のお気に入りはアルプスあずみの公園で開催していた世界の昆虫の展示です。その中でも生きている大きなヘラクレスオオカブトが気に入ってしまい、しばらくそこに居ました。また、大王わさび農園で飲んだ安曇野の水が大変おいしかったので、次男のミルクはその水を沸かして与えました。この水で栽培されるワサビと蕎麦との組み合わせは絶品でした。

行きと帰りは高速道路を利用しました。幸い混雑もなく、行きは東松山ICから関越道にのり、上信越道を経由し長野道で豊科ICで降りました。帰りは豊科ICから長野道にのり、中央道から八王子JCTで圏央道を経由し関越道で東松山ICで降りました。行き帰り、どちらの行程も3時間半でした。高速道路で長野県をぐるりと回ったのですが、浅間山、北アルプス、八ヶ岳、南アルプスを眺めることが出来て満足しました。

自宅に着いたとき、うだるような暑さにため息が出てしまいましたが、何故か安曇野の空気が恋しくなりました。

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2007年8月 5日 (日)

四天王

便利屋は、学は無い凡人ですが、何気なく本屋さんで仏像の写真集を見たのです。その中で目を引いたのは、奈良の東大寺に戒壇院にある四天王像でした。東大寺では大仏様が有名ですが、なぜか四天王に目を向けてしまいました。

四天王は如来様や菩薩様の中心から東西南北に位置し、守護神として、ものすごい表情で邪鬼をふみつけています。持国天(東方)、増長天(南方)、広目天(西方)、多聞天(北方)となり、その四天王像は天平文化の傑作と思います。その中で西方の広目天に興味を持ちました。遠くを見据えた目で巻物と筆を持って立っています。

便利屋は勝手に想像したのですが、天平時代はいろいろな文化が伝わった時代です。鑑真和上も遥か西方よりやってきました。遣唐使によって、学問、仏教などは、西方より伝わったものです。千里眼をもつ広目天は、遥か西方の地より得た叡智をこの日本に広げるため、右手に筆を持ち、左手に巻物をもって克明に記す姿のように思えます。

昔から日本人は常に多くの叡智を結集する能力は世界中の民族のなかで秀でています。便利屋は信仰心もない無信心なやつですが、そんな便利屋が独断と偏見で言いますと、広目天の姿は日本人の誇りに思えます。

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2007年8月 4日 (土)

便利屋、一生の不覚

昨年のクリスマスに長男にニンテンドーDSをプレゼントしたのですが、それを口実に便利屋が欲しかったのです。いずれ飽きるだろうと思っていましたが、一向に飽きないので、仕方なく便利屋もインターネットで購入しました。ゲームをするためでなく、英語を少し勉強したいからです。

四十過ぎの手習いになってしまいますが、英会話教室にも行く時間がないので、チャレンジしてみようと思っています。しかし、ソフトはまだ購入していません。ニンテンドーDSも箱の中に入れっぱなしでした。しばらくは、そのままにしておいたのですが、中身は確認したほうがよいのでは?と妻が言うので箱を開けたのですが、それからが大変になりました。

事の始まりは、昨日の夜です。長男が持っているゲームソフトで通信バトルをしたいと言ってきたのです。宿題をしてからとか、お風呂に入ってからとか、ご飯を食べてからとか、言っていらぬ約束をして引き伸ばしたのですが、一度だけ、対戦させてあげました。

次男を便利屋のあぐらに座らせて長男と対戦ゲームをしたのですが、これが大きな過ちでした。ほんの30分程度のゲームで終ったのですが、次男を抱っこして立ち上がる時、腰を痛めてしまったのです。あぐらをかくと腰に負担が掛かり、その上、次男を抱っこして腰をまるめて持ち上げたのですから、普段から気をつけているのですが、こればっかりは仕方ありません。土日に「英語漬け」を買う予定でしたが、寝ていることしかなさそうです。便利屋、「一生の不覚」です。

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2007年7月29日 (日)

インディオたちの言い伝え

アマゾン川流域で昔から暮らしている原住民インディオたちの言い伝えでは、「人と川は動いても、森は決して動かない」と伝えられてます。言い換えますと森は不動の場所だからこそ、人は生きてゆけると言うことかもしれません。

インディオたちは、森、木、川、大地には必ず精霊が宿り、必要以上に、木を切ったり、魚や獲物を捕ったりすると精霊の怒りに触れ、二度と木も切れなくなり、魚や獲物も捕れなくなってしまうと言います。だから、数の数え方も一つ、二つ、三つ、それ以上はたくさんと言います。

文明人は利害で生きているから必要以上にいろいろなものを消費しています。だから数値の魔力に取り付かれて成長することばかり考えています。そうしないと生きてゆけないからです。

しかし、インディオたちは森があれば生きてゆけるのです。そして精霊たちと決めた約束を守っていればよいのです。年々アマゾンの原生林は伐採され砂漠化してしまい、インディオたちの生活の場が失いつつあります。

素朴で従順な生き方をしているインディオたちが暮らせる森は、最終的には地球環境にとって、最も大切な財産です。文明社会も原点に戻って考えれば人と森は共存共栄できるものです。

「持続可能な開発」でインディオたちが暮らせる森が復活することを信じたいと思ってます。

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2007年7月21日 (土)

オオムラサキ

オオムラサキは日本の国蝶としていますが、個体数が少なくなり、各地で保護活動をしています。それからオオムラサキに近い種でゴマダラチョウがいますが、食草はエノキで成虫はクヌギやコナラの樹液に集まります。オオムラサキと同じ生態ですが、異なるところは初夏の5月頃と夏の7月ごろ2回羽化し、雑木林に行けば普通に見られます。

ところが、昭和30年代では、オオムラサキもどこの雑木林にも普通に見られ、東京都の井の頭公園でも稀ではなかったそうです。なぜ、オオムラサキだけ生息数を減らしたのか便利屋が考えてみました。ただし、前置きとして、断っておきますが、これは便利屋の独断偏見で考えたものです。

いろいろ考えたのですが、オオムラサキは梅雨明けと同時に年1回の羽化をします。ゴマダラチョウは初夏と夏に2回羽化するので、年1回と年2回の世代交代の差からくるものと推察しました。宅地造成や整地が進み、生息する雑木林が減ってしまい、もし、両者が生息面で競争している場合、世代を残すには世代交代の多いゴマダラチョウが有利になります。

とりあえず、これ以上記事にしますとボロがでるので、この場は昆虫学者に任せるとして、里山のような雑木林が無くなってしまい、生息域が激減したことが一番の原因です。便利屋は台湾の人たちの諺を思い出しました。「蝶が舞う環境は人間にとっても必要な環境であって、蝶の舞わない環境は人間も住めない。」オオムラサキが舞う環境で暮らせればもっと幸せです。

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2007年7月15日 (日)

赤点を免れた

NHKの子供向けの教育番組で「にほんごであそぼ」がありました。どう言う番組かと言いますと「じゅげむ」を紹介している番組です。さすがに「じゅげむ」は覚えられませんが、番組で杜甫の「春望」を紹介していました。

便利屋は全てを読み上げ、長男と妻は驚いていました。得意げな顔をしていた便利屋ですが、何故読めるかと言いますと、実は深い訳があります。

高校生のとき、便利屋の苦手な教科は漢文でした。とにかく、さっぱり意味がわからなく居眠りをしてしまう授業でした。ところが、期末テストで赤点を取ってしまうと夏休みに補習を受けることになるので、通信簿だけは二色のカラフルな成績表にしたくなかったのです。

ある時、漢文の先生が赤点を取りたくなかったら「春望」を暗記しろと言われました。便利屋は必死になって丸暗記したのです。テストは國破山( )在のような( )の中を埋める問題と読み上げでした。解釈など全く分りませんので最低ラインを確保して赤点を取らずに済んだのです。

何故か、それが今でも「春望」は読めるのです。当時は「こんなの覚えたって何の役にも立たない」と思っていましたが、こんな時に役に立つとは思いもよりませんでした。

春望

國破山河在
城春草木深
感時花濺涙
恨別鳥驚心
烽火連三月
家書抵萬金
白頭掻更短
渾欲不勝簪

國破れて山河在り
城春にして草木深し
時に感じては花にも涙を濺(そそ)ぎ
別れを恨んでは鳥にも心を驚かす
烽火三月(さんげつ)に連なり
家書萬金に抵(あ)たる
白頭掻けば更に短く
渾(すべ)て簪(しん)に勝(た)へざらんと欲す

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2007年7月 8日 (日)

日曜の夕方から

毎週、日曜日の夕方は家族でお使いに出かけます。一週間分の食料を確保するため、買い物カゴは2つ分になります。いつも思うのですが、あんなに買っても一週間後には空になってしまいます。

無駄の無い買い物なので、それは良いことなのですが、それだけ便利屋の家計はエンゲル係数が高という証拠です。所詮、貧乏人なので仕方ありません。衣食住を維持することだけで精一杯なのです。

お使いから帰ってくると「チビまるこちゃん」と「サザエさん」の番組が始まっています。それを見ながら慌ただしく夕飯を済ませ、子供達をお風呂に入れます。すると日曜日が終ったと実感します。これを「サザエさん症候群」と言うのでしょうか。

明日は会議があるとか、提出しなければいけない報告書やプレゼン資料をいつ終らせるかとか、頭をよぎります。しかし、今考えても仕方ないので頭の中を白くすることにしています。

毎度のことながら子供達を寝かしつけるため、ごろりと横になっていると、いつのまにか便利屋も眠ってしまい、月曜日の朝になっています。週明けの朝は何故か良く眠った気がしないのですが、頭のスイッチを切り替えるのです。

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2007年6月29日 (金)

ZARDの坂井さん

ZARDの坂井さんがお亡くなりになりました。「負けないで」や「揺れる想い」は便利屋が大好きな曲です。何でも前向きに生きて行くんだと印象深い曲です。お亡くなりになられたのは事実なので残念でなりません。悲しい悲報です。

「負けないで」を聞いて、何度か、便利屋はこの曲に勇気付けられました。子育で大変なとき、会社が不況になったとき、製品開発の技術畑から環境の職場へ異動したとき、ISO環境審査員へチャレンジしたとき、この曲を励みになりました。

バブル崩壊後、失われた10年と言われた時代、坂井さんの歌が後押しをしてくれました。いま、景気が回復したと言っても、一般庶民はその恩恵を受けるまでに至っておりません。

まだまだ、不安な世の中に夢を託す上でも、坂井さんの歌は大切なものです。これからもっと活躍する場がたくさんあったのに無念でなりません。

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2007年6月10日 (日)

プロ野球観戦

便利屋は子供の頃、プロ野球の選手では、ジャイアンツの長嶋さんや王さんが現役選手で頑張っていた時代です。青少年たちの憧れでした。便利屋もその一人でした。

プロ野球観戦も、何回か親父が連れて行ってくれました。土曜日のある日、学校から帰えると「上野駅まで来い。」昼ごろ、親父が電話してきました。仲の良い友達と電車に乗り、上野駅で親父と待ち合わせをして、水道橋の駅を降りて何処かのお店だったか忘れてしまいましたが、カレーライスを食べて、急いで後楽園球場へ直行しました。何故そこまで急ぐかと言いますと、お目当ては外野スタンドから長嶋さんや王さんが準備運動をしている姿をみるためです。

さあ巨人VS阪神戦の始まりです。長嶋さんや王さんが打席に付くとホームランボールが外野スタンドに飛んでこないかと待ち受けたものです。生の野球観戦は、いろいろな面で感動します。でも、観戦は7回裏までとしていました。親父自身もよその子を預かっているので、何かと気を使っていたようです。帰宅が遅くならないように配慮していたのでしょう。後の試合経過は便利屋が作った6石のトランジスタラジオが出番になります。

上野駅始発の下り電車は4人掛けのボックス席で冷凍みかんを食べながらラジオ観戦です。すると、いつの間にか到着するころには皆が眠ってしまいます。背伸びをしながら電車から降りると駅まで友達の親が迎えに来ています。「おせわになりました。」と軽く会釈して家に帰りました。

便利屋が子供の頃は、友達のお父さんたちが海水浴や遊園地に連れて行き、親どうしで子供達の面倒をみたものです。現在では家族単位で余暇を楽しむので、時代志向が変わってしまったので仕方ありませんでしたが、友達のお父さんやお母さんに会った時、ご挨拶できる環境づくりも必要と思います。

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2007年6月 9日 (土)

ザリガニ

便利屋が小学校の頃、田圃の畦道に水路があり、そこでザリガニを捕りました。目的は食べるためです。捕まえたザリガニを井戸水で一昼夜さらして、その後、尻尾だけを塩ゆでにして食べたのです。

現在では考えられないかも知れません。言い換えればドブ水の中で残飯が浮いた水路で肥えたザリガニを食べるなど野蛮人のように思えます。当時は一緒に捕まえに行った近所の餓鬼どもを食卓に呼んで、取り合いしながら食べたのです。まさに天然物を食べたことには違いありませんが。

エビでは養殖物でブラックタイガーがあります。東南アジアで養殖して日本に輸入しているのですが、食卓ではエビフライで食べています。しかし、養殖物のエビには抗生物質漬けで何やら怪しそうな話しも耳にします。

それでしたら、田圃の水路でとれるザリガニの方が安全です。しかしながら、今となって、食べられるかと問われますと遠慮したい気持ちです。ただ、餓鬼どもと取り合いして食べたザリガニは美味かったと今でも記憶しています。

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2007年6月 3日 (日)

やまおやじ

長男と次男を連れて、ぶらりと雑木林の中を散歩しました。風が木々の葉をゆらし、さらさらと音を立て通って行きました。ミズキやエゴノキは花を咲かせ、新緑の中で心地よい気持ちでした。スズメやシジュカラは、便利屋と同様に子育てに忙しく、せっせと飛び回っています。何か同類のような気がして親しみを感じました。

先頭を歩いている長男が「あの木が、カブトムシがいた木だよ。」と大声で走って行きました。今年は、ニンテンドーDSの影響でカブトムシには興味がないと思っていましたが、去年の夏のことを覚えていたようです。その木は、ゴツゴツとした木肌をしたクヌギの巨木で雑木林の主ようです。「やまおやじ」と便利屋は名付けました。やまおやじも「去年の坊主だな、覚えていたか。」と言っているように葉を揺らしていました。

しかし、悲しいことに数年後には堤防拡張工事で、このやまおやじも切られてしまうそうです。たぶん秋には実を付けると思うので、実から苗木を育て、庭に植えようと思い付きました。それは長男と次男の記念木として育てたいからです。カブトムシがやってくるような巨木になり、やがて「やまおやじ」になれば、いつまでも兄弟を見守ってくれると信じています。

便利屋はやまおやじに「次の世代をつなげるから」と約束するように、秋にはたくさんの実をつけてくれることをお願いしました。

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2007年6月 1日 (金)

大切な義父母

次男の初節句で、妻の両親にお祝いをお返しをするため、便利屋が家族を連れて妻の実家へ行きました。お返しは遠くの親戚から順番にしていましたから、妻の実家と行っても自転車で5分程度の距離で、便利屋の実家も自転車で10分程度の距離になっています。とても近いので遅いお返しになってしまいました。

義父母にお祝いのお礼を言い、お返しを渡し、和やかなひと時でした。話しが弾んで、義父が遠くを眺めるように言ったのです。「もう、かれこれ十年以上になります。」便利屋は、「何がですか?」と尋ねると「こうして暮らすのも十年を越えました。」と答えました。義母は何よりも家族が幸せに暮らしていれば十分と目を潤ませていました。

何かと仕事が忙しかった便利屋だったので、義父に頼りきりでした。そう言えば、長男が生まれるまで、大きいお腹をした妻を車で病院まで検診に連れて行ってくれて、また、次男の時も同じようにしてもらいました。また、便利屋が遠く海外まで出張に行く時、駅まで車で送ってもらったり、長男を旅行へ連れて行ってくれたりと、義父母に何かと苦労をかけっぱなしで申し訳ない気持ちです。便利屋は、もうこれ以上は無理しないで健康に気をつけてもらいたいと願うばかりです。

妻の両親と話しをしていると、今まで、十年以上、歩いてきた軌跡を振り返り、何かと影で便利屋の家族を支えてくれたと感じました。これからも家族が幸に暮らせるように頑張るとを言いました。

「私は(わっしゃ)、七十四になりました。」と自分の歳を呟きながら、「美味い酒だ。」とお猪口を空にしました。便利屋は、義父のお猪口にお酒を注ぎましたが、何故か義父の手は震えていました。

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2007年5月26日 (土)

麦刈りから田植えへ

通勤途中で見る風景も麦秋の時期になりました。秋になったのではなく、麦刈りの季節になりました。一面の麦畑が金色に輝き、この時しか見られない光景です。

麦刈りを終えた農家は、今度は直ぐに耕し田植えを始めます。便利屋が住む地域では、早稲なので既に青田になっていますが、県をまたぐ川をわたり、会社の近くになると田植えになります。

今年も金色に輝く麦畑は豊作でしょう。お米も豊作になることを祈りたいと思います。

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2007年5月13日 (日)

ブログ一周年

便利屋がブログを始めて1年になります。ここまで、来たのも皆さんのお蔭です。大変感謝します。非力ながらもこれからも続くかぎり、やるつもりです。

三日坊主の便利屋が何となく始めたのですが、現在に至っています。過去の記事を読んでいると何かと馬鹿なことばかり記事にしている自分でした。お恥ずかしいかぎりです。

これからも、皆さんのご支援のもと、馬鹿らしい記事を書いてゆきまます。宜しくお願いします。

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2007年5月12日 (土)

デント

昨年の夏になりますが、車のドアに傘の柄をぶつけて、僅かに凹みが出来てしまいました。特に高級車でもないので、そのまま、放っといたのですが、洗車した時に結構目立つので修理に出すか否か、迷っていました。

あるときですが、ホームページを閲覧していたら、デント?と言って凹んだ部分を内側から押し当て、もとに戻す方法が紹介されていました。デント職人と言うのでしょうか?ホームページで紹介している業者さんへ電話しましたら、便利屋の自宅から30分程度で行けるところで独立経営している人を紹介してもらいました。

早速、デント職人さんに電話したのですが、今からでも大丈夫ですとのことで修理を依頼しました。こちらから伺い、修理する過程を見せていただきました。蛍光灯を照らして凹んだ部分を内側から金具を押し当て、段々と元に戻って、何か時間を逆戻りしたようでした。修理時間も経ったの30分程度で料金を払って完了しました。

いろいろ、お話したのですが、おもにディーラーさんへ出向き修理をしているそうです。多いときは一日に2,3台の修理もあり、忙しい毎日を過ごしているようです。

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2007年5月 1日 (火)

縁台の回想

便利屋の実家には、広い通し廊下があり、縁台のようになっています。今日はゴールデンウィーク中でもあり、長男は学校へ、次男は昼寝をしているので、かなり暇でした。実家に行って暇を潰そうかと思い、何故か、実家の廊下でごろりと横になってしまい、うとうとまどろんでしまいました。

10分程度、まどろんだのですが、4年前のことを思い出しました。その当時は、現在の部署へ異動し、頭を切り替えていたところでした。とりあえず希望どうり異動できたのと、今後、どうするのか緊張した気持ちもありました。確か?4年前の同じ日ですが、便利屋は厄年を迎えたので厄除けに川崎大師へ行きました。妻が気を利かせて、親子水入らずで両親を連れてお参りしたらとのことでした。

両親を車に乗せ便利屋が運転して行ったのですが、車中で両親に話しをしました。ITバブルの影響で親しい友人や同僚達が次々と会社を辞めていったこと、また、自分が異動したこと、異動をどうして決心したか、つぶ細かに話しました。もともと子供の頃から機械いじりが好きで技術屋の道を選んだのですが、度重なる激務で体調壊し、限界になったと話しました。言い換えれば片落ちした自分でした。

両親は黙って聞いていましたが、父から「明日を考えろ、まだ長いぞ」と言われたことを思い出しました。そこが転機だったのかもしれません。頭の中を真っ白にしてスタートしたと思えば何も不安は無くなってしまいました。それから、毎年、川崎大師へ通い、昨年、後厄を返して晴れて厄年の三年間を無事過ごす事ができました。今年もお参りに行かなくては?今回は一人で明日、電車で行くことに決めました。

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2007年4月 1日 (日)

サクラ

便利屋は、月に一回だけ、業界団体の某委員会へ出席するため、東京へ出張します。先週の金曜日3月30日のことですが、委員会に出席するため、秋葉原から総武線に乗って新宿方面へ向かったとき、サクラ並木が見事に咲かせている光景を車窓からみました。

今年もサクラが咲く時期になったと言うことです。節分から春にかけて見上げれば、梅、桃、桜の順番で開花し、地に目を向ければ、福寿草、オオイヌフグリ、菜の花、カタクリと花を咲かせます。
 
昆虫達も活動開始です。モンシロチョウを3月24日に見かけました。同日にキチョウも見かけました。たぶん、羽化はもっと早かったと推測しますが、今年になって見た最初の昆虫です。

ウグイスとシジュウカラも鳴き始め、春がやってきたと言うことです。暖冬の影響で2週間ほどサクラの開花が早まったのですが、心地よい春の風が眠気を誘います。

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2007年3月17日 (土)

菜の花

暖冬と思っていましたが、ここ2,3日は冷たい北風が吹いています。春は一時、待ったをかけて、冬将軍が最後の反撃をしてきました。黄色い菜の花が冷たそうです。

しかし、寒い日も後もう少しです。春のお彼岸から桜の咲く頃になると、一面に黄色い菜の花を咲かせ、心地よい春風が吹きます。10年程前、菜の花が一面に咲く河川敷に行き、妻と散歩したことがありました。

今は、7歳の長男と1歳の次男がいます。同じ場所を今度は家族で散歩することが楽しみです。この時期になると田に水を引き田植えの準備をします。便利屋の住む所は、早稲なので桜の開花時期に田植えを始めます。毎年のことですが、夜になると蛙の合唱が始まります。

思い起こせば、昨年の春から1年間はいろいろありました。長男は小学校1年生に入学した時、新環境になかなか慣れなかったのですが、今年の4月から小学校2年生になります。次男は1歳になり、やっと歩き出しました。便利屋も妻も少しホットした気持ちです。

便利屋は菜の花が好きです。何故かと言うと何かホットさせる花に思えるからです。冬を乗り越えて暖かくなること、ここまで何とかやって来たと言う気持ちになれるからです。このように思っているのは便利屋だけでしょう。

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2007年3月 3日 (土)

三寒四温

便利屋は、会社のお昼休みに敷地の外を散歩しています。散歩をしながら季節の移り変わりを感じています。日当たりの良いところでは、オオイヌフグリが咲いてました。小さな青い花ですが、この花を見ていたら、既に二月も終わりになっていることに気付きました。

この時期になると駆け足のように日々が過ぎてしまい、「桃の節句」を迎えると更に加速して日々が過ぎて行くような気がします。今年は暖冬で雪は降りませんでした。一雨ごとに暖かくなり、これから菜の花が咲きます。

便利屋は菜の花が好きです。河川敷に行くと黄色い花で一面に覆われます。この時期になると三寒四温は終わり、桜の花を咲かせます。何となく駆け足のように日々が過ぎて行く理由がわかると思います。

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2007年2月 2日 (金)

デジカメ

昨年の暮れにデジカメを購入しました。新品が欲しかったのですが某オークションで購入しました。それも一眼のデジカメで2台、購入しました。型は古いのですが、NIKON D70とD1Xです。丁度、2台でD80の新品と同じ価格なので誘惑に負けて購入してしまいました。

現在、休止中の写真を始めようと考えていますが、休止から既に5年の歳月が過ぎてしまいました。当時のレンズは防カビ剤でメンテナンスは欠かせませんでしたから、十分使えます。写真を趣味として始めたのは、かれこれ学生の頃からですから20年以上やっていました。主にネイチャーフォトを専門に風景、野鳥、昆虫、花など、過去に撮ったポジフィルム(スライド)は大切に保管しています。

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2007年1月21日 (日)

まぁ、いいか。

つまらないことで悩んだり、腹を立てたりしたとき、大空を見上げ、そして深呼吸をして、自分は生きていると実感するときでしょう。そうすることで「まぁ、いいか」と開き直るものです。

さて、人にはいろいろな悩みをもったり、腹を立てたりすることがあると思いますが、それが普通なのです。便利屋はいつものことです。しかし、いらぬことでやけを起こしてしまうと万が一にも大切な人生を台無しにしてしまうことさえあります。気を付けることも肝心です。

便利屋の場合、今日まで生きてきましたが、幼少のころから、人から褒められたことなど無く、いつでも悩みや腹が立つことは沢山ありました。そう言うときには、必ず「まぁ、いいか」と開き直っています。

そんな、便利屋を見て妻は言うのですが、「楽天主義にも程がある。その分、こっちが大変なんです。」と小言を言われますが、それも「まぁ、いいか」で開き直っています。

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2007年1月13日 (土)

成人式

便利屋が成人式を迎えた時、とても質素でした。町で主催する式典には出席しませんでした。丁度、大学の実験レポート作成で追われて、とりあえず、1月の終わりに進級できる単位を取得しました。そのようなものすから、華やかに着飾った新成人とは違って地味なものでした。当時の便利屋には成人式に関心がありませんでした。両親が夕飯をお寿司でご馳走してくれただけです。だいぶ冷めた成人式だったことを覚えています。

さて、便利屋が成人として自覚したのは、その2年後、社会人になったときです。やっと社会人になり初任給をもらったときでした。最近では、新成人のモラルが悪くなり、壇上で騒いだり携帯電話でべらべらと話したり、成人になったばかりで御用になったりして、晴れの門出を台無しにして後悔しないのか?と残念に思います。当時も今も、二十歳で成人と言っても、親の脛をかじっているだけでまだ子供です。親や大人がしっかりしなければなりません。

便利屋には長男と次男がいます。成人式を迎えるまで道のりはありますが、たとえ二十歳になっても、社会に出てお給金をもらい、自分の力で生活し、税金と年金を払えるようになるまで勝手な振る舞いは許しません。それは誰のためではなく、子供達のためです。再度、忠告したいのは、成人として認めるのは自立自活できるようになるまでです。個人差はあると思いますが、それまで一人前とは言えません。

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2007年1月11日 (木)

寒の入り

小寒から大寒、そして立春にかけて寒い日がつづきますが、毎朝、薄らと霜が降ります。一年の中で一番寒い時期です。この時期は便利屋にとって苦手な時期です。どうしても寒さには弱く1月は長く感じます。

便利屋の職場は北側にあり日は差しません。おまけに窓際です。チーム・マイナス6%の活動で便利屋の企業も参加していますので、早朝から出勤しますとフロアは冷え込んでいます。暖房も朝8時からになり、20℃程度に設定しています。フロアの隅なので午前中は温度がなかなか上がりません。

地球温暖化防止と天然資源の消費量を削減することが目的ですので我慢するしかありません。年寄りくさいのですがウォームビズと称して着膨れしています。

今年は例年に比べて暖冬ですが、この時期はやはり寒いので風邪をひかないように気を付けること、それから寒さで体が固くなっているので持病の腰痛に気を付けることです。

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2006年12月29日 (金)

御礼

今年もあと僅かな日数になりました。ご支援と激励により充実した生活がすごせました。皆様のおかげです。毎度のことながら、適当なことを記事にしていますが、来年も適当に記事を書いていくつもりです。何卒、よろしくお願いします。

良いお年をお迎えください。

便利屋

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2006年12月 9日 (土)

南方系の蝶がいる。

便利屋は、子供のころから現在もですが、昆虫が大好きです。小学校の図書館で図鑑をみたり、現在、休止中の写真の趣味もマクロレンズで蝶の写真を撮りました。そのため昆虫には意外とうるさいほうです。

さて、ヒョウモンチョウの仲間でツマグロヒョウモンと言う蝶の生息域が北上しています。本来は西日本の南西部から南部に生息しているのですが、便利屋も今年の秋に見かけました。その時は、台風の風に乗ってやってきた迷チョウと思っていました。ところが、テレビのニュースで紹介されていましたが、幼虫の食草であるスミレ科の植物では、パンジーが家庭で植えられており、真冬では温室に入れたり、ガーデニングの園芸店ではビニールハウスで販売しています。その中で幼虫は冬を乗り切っていると伝えられています。

しかし、それだけでは無いようです。それは温暖化も影響しているのでは?と察しています。ツマグロヒョウモンだけでなく、便利屋が小学生のころ、モンシロチョウは冬越しした蛹から羽化する時期も関東地方では3月下旬と記憶していましたが、現在では2月下旬から3月上旬に見たことがあります。モンシロチョウの第一羽化時期の水平分布では、便利屋が小学生の時から比較すると九州地方の時期に値しています。

地球上の気候変動は、数万年から数十万年かけて暖かくなったり、寒くなったりしますが、現在のように数十年で変化することは、かつて巨大隕石が落下した気候変動の次に値するように異常なものです。

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2006年12月 2日 (土)

雁行、初冬の風情

便利屋は、通勤途中に初冬の青空を編隊を組んでハクチョウが飛んでいる光景を見たことがあります。また、澄みきった満月の夜、数羽のハクチョウがどこかへ飛んで行く光景も見たことがあります。月明かりに照らされたハクチョウたちは幻想的で、お互いに鳴きあいながら、存在を確かめ合うように「みんな、無事か、頑張れ」と励ましあっているようです。鳴声は遠くまで澄み渡り、しんしんと冷えきった空気のなかでこだましていました。

遠くシベリアから数千キロも旅をした冬鳥たちが来る頃、木枯らしが関東平野に吹き始めます。ビュービューと音を立てカラカラに乾燥してしまいます。肌の弱い人はガサガサ(雁かさ)になり、風邪やインフルエンザが流行りますが、初冬の空は遠くの山々が見え、夕日が沈む光景は大変素晴らしいものです。

都会ではクリスマスツリーがきらきらとイルミネーションを奏でますが、自然の中で季節の移り変わりを風情と感じます。

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2006年11月19日 (日)

新蕎麦

 秋が深まる頃から初冬にかけて、新蕎麦の時期になります。便利屋は蕎麦が好物で、その影響で長男も蕎麦が好きです。二人で五合打ちの笊をたいらげてしまいます。行き着けの蕎麦屋では顔なじみになってしまいました。ズルズルと音を立てて食べる親子の姿が印象的なのでしょう。蕎麦は地域や蕎麦屋によって打ちかたや汁の味も違うものですが、やはり藪蕎麦が便利屋の好みです。田舎者には更科は合わないようです。藪蕎麦は蕎麦の香りがあり、箸で摘まんで半分くらいを汁につけて食べるようにしています。
 蕎麦は五穀に入らないので、直ぐにお腹が空いてしまうと言います。それは蕎麦湯を飲まないからです。便利屋は、蕎麦を食べ終わった後、蕎麦湯を飲むのですが、その時、余った汁にネギとわさびを入れ蕎麦湯を注ぎます。次に大根おろしと擦り生姜を蕎麦湯に混ぜ合わせて飲みます。注意として汁は混ぜません。大根と擦り生姜が独得の風味をだし、蕎麦湯にほんのりとした甘味がでるからです。便利屋はこれを仕上げと言っています。
 便利屋は、蕎麦を食べる時、二度美味しい食べ方を自分なりにあみ出しました。仕上げを終えたあたりから次第に満腹になり、美味かったと実感するのです。意外と腹持ちします。
 高級レストランとかでフランス料理やワインを楽しむ、霜降りステーキを楽しむことも良いのですが、そこは都会派の人たちに場を譲るとして、便利屋は蕎麦を楽しみます。田舎者がズルズルと音を立てて食べることができますから。

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2006年11月18日 (土)

厄年

男の厄年は、数え年で41歳から43歳と言います。便利屋は厄年を終えたばかりですが、その間にはいろいろなことがありました。この年齢になると必ず何らかの転機があるようですが、便利屋もそうでした。

 以前は、エンジニアとして製品設計の業務をしていました。もともと子供の頃からエンジニアになることが自分の夢でした。学校も電気工学だったので、そのまま今の会社へ就職しました。そして、希望どおり製品設計の業務に就けたのです。いつも帰宅は深夜でしたが、仕事が面白かったので苦になりませんでした。

 ところが、4年前の前厄の時です。メニエル病を発症し、難聴になってしまいました。日頃、不規則な生活が厄わいしたのでしょう。また、その時期はITバブルの崩壊で便利屋の企業も赤字に転落してしましました。事業整理もあり、どうせなら、別の職場へ異動を考えました。そこで環境関係の職場に異動したのです。

 今は、製品設計の業務をやっていた頃から比べると多少楽な部署です。話題の部長もいますが、今まで付き合いのなかった派遣社員の方々やその関係で知り合いになった業者さん、ISO14001の活動では、自分が審査員になれる機会があること、また、ISO研修期間の方々を通して主任審査員の方々と人脈を付けられたことなど、異動した成果物です。

 厄年と言っても悪い事だけが起こるのではなく、新たな転機もあり、今までとは違ったものが得られるものです。子供の頃、エンジニアになりたいと夢をもっていましたが、念願叶って、約20年間を通して仕事ができたので、もうこれで元を取ったと思います。今度は、夢とはいきませんが、目標を持って頑張ることです。厄年は転機を与え、また、新たな出発の機会を与えてくれるものです。確かに厄除けのお参りも大切ですが、前向きに考えれば、もっと良い人生を与えてくれるチャンスです。何事も悲観的になってしまうと大厄どころか、今後の人生を棒に振ることになってしまいます。日々の生活を用心深く過ごし、楽天的に過ごすことが重要です。

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2006年11月17日 (金)

休暇

職場の窓から、日光連山から赤城山が眺められます。薄らと雪化粧をしています。これから、木枯らしの季節になり、上州の空っ風は体温を一気に奪うほど冷たい風が吹きます。地元では空っ風を赤城おろしと呼ばれいますが、その御かげで、空気が澄み切って、夕方になると夕焼け空が山々が赤く染めて、山肌はくっきりと見えます。

窓から景色を眺めて感じたのですが、夏から秋にかけて何かと忙しかったので、季節の移り変わりを感じていませんでした。いつのまにか初冬の装いになってしまいました。会社の計画有休、夏休み、特別休暇(3日間)は監査経験を積むために使ってしまい、おまけに監査の前調査や報告書作成で土日を使っていました。一区切りとして、少し体を休ませたいと思います。昨年からの繰越で有休休暇がまだ使わずに余っているので1日だけ休暇を取って家族と楽しむことに決めました。

11月23日は勤労感謝の日で祭日なので、24日は休暇を取り、土日に合わせて4連休にする計画です。23日の祭日はジャンク修理した真空管アンプで音楽を聴きます。24日は長男が学校なので、下校の時間になったら、次男を乳母車に入れて長男が通う学校まで散歩しようと考えています。長男は11月で7歳になります。誕生日は既に過ぎてしまいましたが、夕方は家族で食事に出かけようと思います。ファミリー・レストランで家族水入らずです。土日は、お天気しだいですが、長男と外で遊んであげようと思います。

家族サービスも妻からクレームが多く、皆でディズニーランドでも連れて行きたいのですが、次男がまだ乳飲み子なので来年の春に先延ばしになりました。桜が咲くころが待ち遠しい気持ちです。

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2006年11月15日 (水)

サザンカ

通勤途中にサザンカの咲いている垣根を見ました。ケヤキの落ち葉を集めて焚き火をしていました。その光景は小学校唱歌のようですが、その光景を車の中で見てホットする気持ちになりました。

便利屋が子供の頃、小学校の通学路にサザンカの垣根で囲まれた屋敷がありました。垣根の門口には、毎朝決まったようにその家のおばさんが掃き掃除をしていました。「おはよう、いってらっしゃい」と、あいさつをしていました。割烹着姿でご年配のおばさんでしたが、子供達から「おばちゃん、おはようございます。」と言われるのが楽しみだったようです。

たまたま、先週の日曜日、長男と一緒にサイクリングをしている時、その家の前を通ったのですが、既に垣根はブロック塀になってしまい当時の面影は無くなっていました。割烹着姿のおばさんも既に他界してしまったようです。

そのまま引き寄せられるように小学校の方へ行くと便利屋が卒業した小学校も少子化のあおりで廃校になってしまい、「コミュニケーション館」と名を変え、町の施設になっていました。3棟あった校舎も1棟になっていました。棟の正面に設置された時計は既に取り外され、チャイムやカッコウワルツを奏でた拡声器が無残な姿で付いていました。幸いにも二宮金次郎の銅像は残っており、その台座には校歌を刻した銅版がついていました。

時が経つのは無常なものです。変わってしまった光景に、あの当時を探し出そうとしている自分でした。きっと、割烹着姿のおばさんが便利屋と長男を呼んで、変わってしまった姿を見せたかったかも知れません。長男は無表情な顔で眺めていました。

最近では、生垣で囲まれた家屋敷も滅多に見られなくなりました。取って代わったように灰色のフロック塀になり、近所の会話もなく、静まり返ってます。おまけに廃校になった小学校ですから、通勤途中で見るサザンカの垣根はいつまでも残っていて欲しいと願うばかりです。

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2006年10月29日 (日)

デジカメで迷う

毎月1回、仕事の関係で業界団体の某委員会に出席していますが、開催が東京の市ヶ谷なので、途中下車して秋葉原のヨドバシカメラへ寄ってみました。便利屋は写真を趣味にしていましたが、現在は休止中です。しかし、Nikon D80のように気になるカメラがあるので、見るだけならタダです。

3階のフロアーにお目当てのカメラがありました。手にした触感は、軽く感じたこと、小さいので女性ならサイズ的に丁度よいのです。しかし、便利屋は中学の時、柔道をやっていたので手が大きく、逆に小さすぎて持ちづらい感覚でした。それはともかく、よく出来ています。便利屋が所有している一眼レフカメラ(銀塩フィルム)とレンズはNikonなので、マウントも合うので、今度のボーナスで購入しようかと思います。ステークホルダー(妻)には、自分への投資と言っても、またそんなこと言っても怒られるだけなので、正直に欲しいといったら、あっさりと「買えばぁー」と言いました。

とにかく、温かみのある真空管オーディオと銀塩フィルムカメラで古くアナログの世界に浸るのも良いのですが、デジタルも面白そうなので、これから家族を連れ出して写真を撮りに行こうかと思います。

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2006年10月15日 (日)

渡良瀬遊水地

便利屋の自宅から車で30分程度で渡良瀬遊水地に行くことができます。広大な芦原は冬鳥たちの越冬地になっています。希少な冬鳥も越冬にくるそうです。しかし、過去には悲しいことがありました。それは、日本で最初の公害被害があったのです。

渡良瀬川上流に足尾銅山があり、明治時代に鉱毒を垂れ流して流域に公害をもたらしたことは、歴史の教科書で紹介されたと思います。鉱毒被害に立ち上がった当時の国会議員として田中正造が有名です。人的被害は多大なもので、住民たちは決起しましたが、当時の鉱山会社と政府は産業の発展を優先し力で抑えました。また、自然界でも多大な被害があり、100年経った現在でも銅山の山々は草木も生えず禿山の状態です。

それに付け加え渡良瀬川流域の村々は利根川の氾濫対策のため、住んでいた土地を没収され調整池になってしまいました。遊水地の真中に大きな調整池がありますが、没収を余儀なくされた谷中村と赤麻村の名前を取って谷中湖、赤麻調整池と呼ばれています。

渡良瀬遊水地の葦原は、晩秋から初冬にかけて白い穂をつけ、夕日は白い穂を照らし金色に輝きます。その輝きの中に悲しい歴史があったのです。

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2006年10月14日 (土)

温泉

便利屋は、温泉が苦手です。どう言う訳なのかわかりませんが、温泉から出た後が大変なのです。もの凄く体が重く感じてしまい、だるくて体力を使い果したように歩くことも、座ることも、人と話しをすることも、何もできなくなります。食べものものどを通らず、スポーツ飲料だけ少し飲める程度です。

 温泉旅行や日帰り温泉とか、スキーの帰りに温泉に立ち寄るとか、温泉好きな人は楽しむ事ができますが、便利屋はそれができません。忘年会で温泉に行ったときも、温泉に浸かるのは2,3分程度で、後はシャワーで体を洗う程度です。カラスの行水ですが、自宅の入浴と同じように普段と変わらないようにしています。また、1回しか入りません。

 ところが、妻は、一日に何度も温泉に浸かっても平気なのです。逆に普段の疲れを癒すそうです。便利屋が温泉が苦手ことは、妻は良く知っています。妻のペースに合わせて温泉に入ったときは、大変でした。その後、便利屋の看病で温泉旅行が台無しになったこともあり、それ以来、家族で温泉旅行は行っていません。テレビ番組で湯治場をたくさん紹介していますが、見るだけで楽しませてもらえれば、それで十分です。

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2006年10月 1日 (日)

腕時計

 便利屋が所持している腕時計ですが、来年の2007年で10年になります。1997年の夏、妻と銀座へ行き、舶来カメラを商っている「レモン社」でLeicaロゴの付いたクォーツの腕時計が売っていたので、購入しました。大切に扱っているわけでもないのですが、長持ちしています。一様、スイス製になっていますが、購入した時、中国製の箱に入ってましたから怪しい代物です。値段は13,000円くらいだったと思います。電池と革バンドは何度か取り替えました。特に注意している事は、革バンドに付いている金具類は交換の際、スイスのマークが付いているので、そのまま付け替えています。

 この腕時計を眺めていると購入した時から現在まで、時々思い浮かべることがあります。妻と旅行したとき、子供が産まれたとき、転機を決心したとき、職場の異動があったとき、緊張したとき、安らいだとき、そんな時には何気なく腕時計で時間を確認します。人生の一場一場は、必ず一緒でした。秒針を刻む腕時計は立会い者でもあります。

 今まで時を刻んだ軌跡を辿りますと、丁度、遠い道のりを歩いて振り返った時、いつの間にか風景が変わって、遠くの山々が連なっている光景を眺めるようです。そして正面を向いた時、これから、どの様に歩むかを腕時計に問います。「何事もなく、普段どおりの日々を過ごせるように目標を持っていれば良い」と答えが返ってくるかのようです。

 安定した生活を過ごすためには、自分が変化に対応できるように成長していくことが大切です。もし、成長が止まってしまったら安定から不安定になってしまいます。それを教えてくれた腕時計を見て、いつまでも壊れないで時を刻んで欲しいと思っています。自分の大切な相談相手ですから。

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2006年9月21日 (木)

再開のお知らせ

 しばらく、お休みしていたブログの更新ですが、便利屋のスケジュールもやっと落ち着きました。ひとえに便利屋と共に協力してくれた家族と一緒に仕事をしてくれた方々の御かげです。先月のお盆からブログ更新を休んでいましたが、通勤途中で見る風景も稲刈りを終えた田んぼや稲刈りしている農家の方々が見られます。田の畦には曼珠沙華とコスモスの花が咲いて、季節は秋の彩りを迎え始めました。まずはブログの更新活動を再開します。現在、出張中ですので、九州の小倉からの更新になります。

 さて、話しは遡りますが、8月下旬に夏休みを取りましたが、そのうち、ISO14001審査員の審査経験を積んできました。その報告は後ほどさせて頂きますが、それ以外の日ですが、一日だけ、長男を連れて、日光の霧降高原へ行きました。天気はまあまあでしたが、長男が病み上がりのため、無理のないように日帰りにしました。本当でしたらキャンプして天の川を見せてあげようと思いましたが、今回は諦めました。せっかくテントを購入したのですが、出番は無かったようです。また、妻と次男は自宅で留守番になりました。

 目的地は、長男が遊べるように大笹牧場へ行きました。最初は小型のポニーが気に入ったようです。しかし、土産物屋で外国産カブトムシの標本があり、その標本は透明な樹脂で封した中にカブトムシやクワガタが入ってます。ポニーよりもこちらの方に興味が行ってしまい、一つ買ってあげました。やはり、ムシキングの影響でしょうか、クワガタの名前と生息している場所を言ってました。

 高原は夏の終わりを装い、空を見上げると秋空の日差しになっており、草原に映る長男と便利屋の影法師も長く感じました。トンボたちの尾は赤く染まり、これから秋が深まるにつれてトンボの群れは平地へ降りて行きます。トンボが高原にいなくなる頃、奥日光から紅葉が始まるそうです。紅葉の時期になったらまた連れて行こうと思います。

 帰りの車の中で、「もう少しで夏休みも終わりになるから、カブトムシを森に返してあげよう。それから、宿題の作文はカブトムシのことを書こう。」と便利屋は言いました。「ぼくは、絵本の”カブトくん”のこんちゃんと同じだよ。」と長男は言います。昨年の夏、捕まえてきたカブトムシが卵を産み、市販の昆虫マットで育てて、幼虫から蛹へ、そして今年の夏に成虫が7匹かえりました。長男が幼稚園の頃、眠る前に妻が読んであげた絵本のストーリーと同じように自分と照らし合わせているようです。
 そうしているうち、返事が返ってこなくなったので、助手席を見ると長男は眠っていました。家に着いたら眠っている長男をそっと抱っこして布団の中に入れてあげました

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2006年8月12日 (土)

ご連絡

便利屋ブログのご拝読者皆様へ
皆さん、日頃から便利屋ブログのご拝読、ありがとうございます。暦の上では立秋を過ぎましたが、まだまだ、暑い日が続きます。8月中旬から9月下旬まで、便利屋のスケジュールが混んできましたので、しばらく間、ブログ記事の更新をお休みします。

 さて、便利屋の夏休みは、8月下旬になっておりますが、土日を含め9日間の休暇うち3日間はISO14001審査員昇格のため審査経験を積に行きます。守秘義務の関係で具体的なことは申し上げられませんが、今週から事前準備と調査で帰宅後は勉強が必要になります。妻には申し訳ないのですが、子守りの時間を少し割いて勉強することになります。しかし、忙しい時に限って御用繁多になります。案の定、長男が夏風邪をひいてしまったようです。昨日の金曜は職場の宴会があり、出席しなければならなく、一旦、午後3時に退社し長男を医者に連れて行き、その後、宴会に駆けつけました。

 また、夏休み明けからは、I社様のESH審査(環境、健康、労働安全)が9月上旬に予定されており、被監査側として便利屋が担当になっています。審査時には話題の部長も同席しますが、欲張りな部長のことですから評価点を高く取りたいと喚いています。そのくせ、準備は全て便利屋に任せ、思ったような評価点にならなかったら、便利屋を責め、良ければ自分の手柄にしてしまします。

 さらに9月中旬にISO14001の内部監査を実施するため、九州まで行きます。東京駅発午前9時半の新幹線のぞみに乗れば、当日の午後3時頃には現着します。既に指摘のポイントを見つけてあるので、そのまま当日中に監査して指摘したら、翌日はゆっくり帰ろうと思います。帰りの新幹線でビールを飲もうと思います。便利屋は下戸ですが、自分自身にご苦労さまと言う気持ちで一杯やりたいと思います。

 そんなこともあり、しばらくの間、ブログ記事の更新はお休みします。便利屋のブログをご拝読して頂いている皆様には申し訳ありませんが、次の記事更新は来月(9月下旬頃)になります。それでは皆さん、コスモスが咲くころ、またお会いしましょう。

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2006年7月22日 (土)

天の川

なかなか梅雨が明けなく、気分がさえない日が続きます。日付では梅雨が明ける頃になっています。夏本来の照りつける日差しがまだなので、何か気分が晴れません。

さて、便利屋が小学校の頃、夏の夜空を見上げると天の川が見えました。旧暦の七夕(8月7日頃)は、夜になると鎮守でお祭りをやります。その帰り道、田んぼのあぜ道で虫たちの鳴き声が聞こえるなか、見上げてみると満天の星空だったことを覚えています。一緒に手をつないで歩いている便利屋の母が、「あれが、天の川だよ」と教えてもらったのを記憶しています。

今になって考えてみますと、かれこれ、その時以来、便利屋は天の川を見たことがありません。とにかく、夜空をしみじみと見上げる機会がなかったのです。また、現在は、夜でも明るいので天の川が見えるところは、平地では無くなってしまいました。

そこで、今年は、便利屋の長男に天の川を見せてやりたいと思い付きました。少年になった長男に夏の思い出をつくらせたいと思っています。平地では明るすぎて無理なので、日光の霧降高原か那須高原にでも連れてゆこうと思います。その為には、梅雨が明けてくれないと見に行けません。今年の予報では、梅雨明けが遅れそうです。今しばらくの辛抱です。

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2006年7月17日 (月)

夏祭り

夏祭りと言えば、神輿になります。便利屋の町で行っている夏祭りは、天王様と言われ、関東の三代神輿と言われています。歴史の深い神輿として約140年の歴史があります。神輿の結われは、天照大神(アマテラスオオミカミ)の御舎弟になる須佐之男尊(スサノウノミコト)を祀ったもので、暴れ者で出雲のヤマタノオロチを退治した英雄でもあります。その事から、暴れ神輿となり、千貫神輿を上下左右に揺さぶり、ギシギシと音を立て、にぎやかです。また、五穀豊穣と無病息災を祈願したお祭りでもあります。

 さて、便利屋も以前は神輿を担ぎましたが、30代半ばを過ぎた時、引退しました。現在は、神輿を担がずに脇役の警護をしています。町名が入ったお揃いの浴衣を着て、神輿の周囲で堤燈を持ち、担ぎ手に掛け声かけます。殆んどの担ぎ手は20代の若者です。電信柱の一区間ごとに担ぎ手を交代させ、その人員配分を行います。でも、現代人の若者です。直ぐに怯んでしまいます。お祭りの世界では上下関係があり、「だめだ、頑張れ」と言うと断ることが出来ず、担がずにはいられません。便利屋は、団扇で扇いで風を送ってやります。左手に堤燈を高く振りかざし、右手で団扇を扇いでいたため、翌日は、腱鞘炎になってしましましたが、この時は何もかも忘れ何も考えずに楽しみます。2日間の祭りは、無事、終わりました。後は、酒宴がありますが、ゲコの便利屋は、丁重にご辞退しました。

 子供の頃、夏祭りが終わると楽しい夏休みになります。この時期が一番、楽しかったことを覚えています。今年、小学校1年生になった長男は、どのように感じているか?たぶん、既に楽しく感じていることでしょう。

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2006年6月18日 (日)

蕎麦

 便利屋の好物は、蕎麦です。とくに藪蕎麦が好きです。田舎者ですから(笑)。以前、某業界の委員会で酒宴を開いた時、四国高知県出身の委員がいました。そこでは、うどんが主流でして、東京に出てきた時、うどんの汁が真っ黒でカルチャーショックを受けたそうです。その後、仕事の関係で栃木県に住み、そこで蕎麦を食べた時は、大変おいしく感じたそうです。それからは、関東ではうどんを食べずに蕎麦を食べるようです。便利屋も心得がありまして、関西へ行ったらうどんにしています。汁が透明なのと味が昆布だしでは、蕎麦が美味しく感じなかったからです。だけど、うどんは美味しい。

 地域によって食べ物が違いますが、便利屋の母方の祖母は、蕎麦打ちが上手で幼少のころは、よく食べていました。その食が自分独特の食文化として、楽しめると感じます。

 蕎麦情報として、便利屋はB級の蕎麦屋を選びます。お薦めは埼玉県の秩父地方、栃木県の栃木市周辺と那須になります。信州方面も戸隠方面の蕎麦も美味しかったです。

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