2009年7月 4日 (土)

吉報がない

久しぶりの投稿です。今年になってからいろいろありまして、ブログの更新もなかなか出来ない状況です。早いもので今年も折り返し点を通過しました。

さて、便利屋と一緒に仕事をいていた後輩が会社を辞めました。彼は以前紹介したと思いますが、(リンク:やり直し) うつ病で職場復帰し便利屋の職場に来たのが、ちょうど4年前の今頃でした。最初は同じ部署でも隣の課に配属されたのですが、その課がちょっと訳ありで、まるで給湯室の中にいるようなお局様がいるようなところです。そこの課長もお局様の面倒しかみられなく器の狭い人でした。

このままだと、またうつ病になってしまうと本人が危機を感じたらしく、技術系の仕事をしている便利屋の課へ逃げてきたのです。ただ、こちらも受け入れる枠もなかったのですが、便利屋は彼に課題を出したのです。「もし、課を異動したいのなら自分から今の課長に言いなさい。勇気を出して言ってみなさい。この勇気がなかったら、このまま給湯室の中で肩身の狭い思いをする。どうだ、自分で行動しなさい。」

それが、切っ掛けとなって便利屋と仕事をすることになったのです。とにかく、引っ込み思案で物議を言えないままでは、一緒に仕事は出来ないと思ったから彼に課題を出したのです。それからと言うもの仕事を彼に指導しました。厳しいことも言いましたが、ある程度、仕事ができるようになってきました。

ところが、今回の経済危機で便利屋の企業も赤字となり、リストラを行いました。彼の場合、関係会社への出向を命じられたのです。何とも不遇な話ですが、やっと仕事もなれ、便利屋もある程度、仕事を任せることができるように育成したのに、この有様です。彼と相談したのですが、これ以上、会社組織の不甲斐なさに弄ばれていたら、彼の将来に良くないと悟ったようです。幸い彼は、修士課程卒の高学歴で六大学を卒業しており、まだ若いので、彼が会社を辞めると言ったときは反対をしませんでした。

確かに出向先でしがみ付いても、草むしりや社内便配送の仕事なので、若手でこれからまだチャンスがあります。会社を去る前日に一杯、奢ってやりました。かれこれ、それから2ヶ月を過ぎようとしていますが、再就職ができたか?心配です。新しい職場が決まったらメールすると言っていましたが、吉報がないので、まだ決まっていないようです。

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2009年6月20日 (土)

やれやれ

便利屋が所有しているオープンリールデッキ RS-1500Uですが、久しぶりに音だしをしました。メンテナンスをして約1年ぶりですが、何と?再生、録音が正常でした。ボリューム関係はガリが出てしまいましたが、これは仕方ありません。

さて、便利屋のガラクタはジャンク再生していますが、妻が言うには、単なるゴミ捨て場から拾ってきたガラクタのようにしか見えないようです。ところが、これをオークションに出すとアンテークで売ることができるのです。

しかし、こんなガラクタが?と呆れ顔している妻は、「あんた、いつか詐欺師でつかまるよ!オークションなんか止めておきなさい。」と言われます。しかし、今は百年に一度の経済危機とも言われ、ボーナスもゼロですから、多少、オークションで副職でもしないと便利屋の財布も空に近いのです。

とにかく、恥も外聞も無いと言う事で「やれやれ」とため息をつくだけです。ため息だけの父の日をむかえますよ。(大爆笑)

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2009年5月23日 (土)

電気街?

便利屋が学生の頃は、秋葉原と言えば電気街でした。大学が電気工学科だったので秋葉原には足を運びました。あの当時では、Z80の8ビットワンボードマイコンが流行っていましたが、バイトしたお金でAPPLEⅡのコピー品キットを作り上げたのです。

さて、現在は?と言いますと模型、フィギュアやゲームソフト、萌系など、様変わりしています。月に数回ほど、仕事の関係で東京の市ヶ谷へ出張しますが、その折に秋葉原をブラブラと歩きます。ここ数年で変わったと言いますが、いつ頃からか?と思う時があります。たぶん、変化はITバブルの後からと思います。プレステなどのゲームとソフトから始まり、アニメのフィギュア、ガンダムのプラモデル、それから、萌へと、特に評論家の森本卓郎氏の記事の影響も強かったと思います。

今や秋葉原は電気街からオタクへの聖地になってしまいそうですが、便利屋もオタク化しているようです。それもそのはずで、スーツ姿でネクタイをしていますが、カバンはリュックサックに変わっています。すっかりサラリーマンのアキバオタクになってしまいました。その姿で、秋葉原から靖国通り沿いを歩き、市ヶ谷の目的地までテクテクと行きます。

何故か?わかりませんが、それが唯一の楽しみになってしまいました。

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2009年5月 6日 (水)

幼稚園で若く

いろいろありまして、しばらくお休みしていました。連休最後の日に記事を更新します。下らんことしか書かない便利屋のブログでも、読者はいますので。

さて、便利屋の次男は3歳になり、今年の4月から幼稚園に通っています。とにかく、この一ヶ月は次男を幼稚園に行かせてみましたが、最初の2週間は泣いたりして大変だったのですが、次第に慣れてきて、今では幼稚園から帰ってくると楽しかったと言います。早生まれなので、まだまだ、赤ん坊に+α程度ですが、これから友達も出来て社会性が身に付いてくれば幸いと考えています。

他の子の親は意外と若く、白髪混じりの父親は便利屋だけでして、5月1日に父兄の見学会があり、連休中だったので前日にはヘアーカラーで髪を黒くして行きました。髪の毛を染めるのは初めてだったのですが、意外と簡単でした。長男の時にお世話になったので、便利屋と園長先生も知り合いで、「また、お世話になります。」と挨拶しました。

次男も少しづつ、次第に親から離れてゆきます。今、振り返れば、いろいろありましたが、ここまで大きくなったと子供たちの成長を見て幸せであればそれで良いのです。その分、白髪はますます増えますが健やかな成長を祈るばかりです。

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2009年4月18日 (土)

完成

昨年から製作していた戦艦大和が完成しました。約10ヶ月も掛かりましたが、何とか出来上がりました。エッチングパーツや追加部品をネットで購入し、菊水作戦の戦艦大和に改造しました。

それから、どうしても、アクリルケースに飾りたいので、ケースを購入しましたが、本体の戦艦大和より、ケースの方に費用がかかってしまいました。途中で何度かストップしてしまいましたが、最後まで完成させたことに我ながら満足しています。

とにかく、長男と一緒に作る予定でしたが、途中から長男は飽きてしまい、殆ど便利屋が作りました、やはり長男には難しかったようです。次男は「センカン、センカン」と言って、気に入っているようです。

アクリルケースに入れて、今年の端午の節句には兜と一緒に飾ろうと思っています。

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2009年3月21日 (土)

送別会を断った

タイトルからして変な言い回しですが、便利屋の職場で4人ほど希望退職の応じて今月限りで会社を辞めてゆく方々がいます。しかし、大変申し訳ないのですが、その送別会に便利屋は出席する気になりません。幹事さんにとっては、主役なる退職者が出席できればよいので、今回は辞退しました。

その退職する4人のうち、便利屋の在籍する課で2人辞めることになっています。便利屋と一緒に仕事をしている後輩も、もしかしたら4月から何処かへ出向になるなしく、便利屋がたった一人で3人分の仕事を4月から請け負うのです。これは、仕方のないことかと思っています。

それはそれとして、ある意味では良かったかも知れません。辞める2人は便利屋にとって、あまり有益に作用する人ではないからです。その人たちは、いつも便利屋の前で威張っているタイプAさん、それと無駄な仕事しかさせない管理職だからです。

便利屋の後輩は、会社の方針で出向になるので仕方ありません。どこに行くかはまだ告げられていないようです。ただ、人事から出向になると事前に告げられているので、本人も覚悟は出来ているようです。彼の場合、希望退職の枠に入る年齢ではないので、自己都合退職になってしまうのです。辞めさせられるより、出向のほうがましだと判断したそうです。

行き着くところ、とても送別会には出席する気持ちもになれないと言う事です。辞めてゆく2人は如何でもよいのですが、出向になってしまう後輩は気の毒だからです。因みにその後輩も送別会には出席しません。出向になる後輩には、何処かで奢ってやろうと思います。

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2009年3月20日 (金)

待つこと

便利屋の企業も残業規制をして固定費の削減に取り組んでいます。朝が早い便利屋は、早朝が残業になってしまうので、少し出勤を遅らせています。でも、朝8時前には出勤しています。

残業はゼロを徹底するためには、いろいろと気を使わなければなりません。忙しいころは、定時退社すると何か後ろめたい気持ちでしたが、今度は残業で残っていると何か言われるのでサラリーマンも要らぬ気苦労があります。

とにかく、金曜日はフレックスを使って1時間程度、早めに退社することにしました。そうすれば子供たちとも遊べます。不景気を逆手にとって、家族と一緒に金曜日から週末を長く過ごせます。

これから日が延びて、暖かくなります。夕方は長男と次男を連れてサイクリングや散歩が楽しめます。今更、ジタバタしても仕方ありません。質素に待つかなさそうです

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2009年3月14日 (土)

景気回復

便利屋が勤める企業は半導体関係の製造業です。2007年の第3四半期から供給過多で冷え込んだ半導体も2008年、2009年はどん底に冷え込みますが、生産調整が2年以上続くと半導体の供給も逆に不足してしまい、2010年には、需要が回復すると楽観的に思っています。ただし、全体的に見て、今の不景気がどのくらい回復するかが鍵ですけど。

例え消費が冷え込んでも、半導体は必要不可欠なもので、ここまで生産調整をしたら、今後、半導体は不足します。この業界は落ち込みも急降下ですが立ち上がりも急上昇しますので、雇用も回復するのでは?と思っています。でも単なる予想です。今後のことは誰も想像がつきません。来年の今頃は、どんな様子になっているか?良い方向に行けばよいのですが。

6,7年前のITバブル崩壊のとき、製造業は軒並み在庫を膨らまして赤字を出しましたが、製造業では、その反省から在庫を少なく、コストダウンと業務改善と効率を上げるため、血のにじむ努力をしてきました。しかしながら、今回の不況は、それも通用しないとのことです。もう打つ手はないと言う事でしょうか。

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2009年3月 1日 (日)

腰痛と次男

便利屋の腰椎のヘルニアも治療の甲斐あって、具合もよくなりました。これから無理しないで腰に負担をかけないようにすることです。腰痛体操も教わったので寝る前に少しだけやっています。

さて、次男も3歳になりました。だいぶ大きくなり、すくすくと成長してゆきます。しかし、少し残念なのは腰痛持ちの便利屋は次男を十分に抱っこしてあげられなかったのです。長男の時は会社から帰宅すれば高く抱き上げて喜ばせたのですが、次男までは出来ませんでした。

とかく長男には親が手を掛けて育てしまい、過保護になりすぎてしまったようです。次男は、自分から何でもやります。お風呂に入るときも自分で服を脱ぎます。つい親が手をだすと、自分から手を払いのけ、自分でやろうとします。

やはり、自我が育ってきた証拠で「オレがやる。オレがやった。」と言います。そんなとき、「すごいな、よくできたね。」と褒めてあげるのです。便利屋の腰痛で次男が鍛えられたようです。

子供たちが健やかに育ってくれれば十分です。絶対に衣食住だけは苦労をかけないように頑張ることです。

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2009年2月28日 (土)

季節は春へ

昨年の年末から年明け早々に腰椎のヘルニア治療で今年の初出勤は1月中旬からになりました。何かとブルーな気分になっていました。寒さに弱い便利屋はこの時期が大変長く感じてしまうのです。そんなこともありまして、しばらくブログの更新を休んでいました。

100年に1度と言われる不況の真っ只中にいます。当然のことながら便利屋が勤める会社はジェット機のエンジンが止まったかの様に急降下しています。今年度の業績は赤字転落となり、昨年の12月に派遣社員を解雇し、今年に入り、正社員の希望退職を募りました。

部長から言われたのは、出来れば会社を立て直すつもりで、このまま残って欲しいと言われました。その代わり、便利屋の直属の上司は、もうすぐ定年を迎えるので、次の世代(便利屋)に引き継ぐと言い、身を引くと部長に言ったそうです。便利屋は、これからが大変になると自覚したのです。

他に同じ職場で誰が希望退職に応じたかは分かりませんが、何かが不服で揉めている人もいるようです。特にタイプAの性格を持つ先輩社員は、何を言われたのか?最後通告でも言われたのか、分かりませんが、何度も部長や人事の人と面接をしています。

しかし、便利屋のように会社に残れる社員は、給料は減額され、ボーナスはゼロとなります。これからは、切り詰めた暮らしになりそうです。とにかく景気が悪くても季節は必ず春がやってきます。更に春分(お彼岸)のころ、菜の花が咲き出せば、ホッとした気持ちになるのです。そのホッとする気持ちは、自分がリストラされなかった安堵感からなのか。

2009年の景気は鍋底の真ん中になります。経済は極寒の冬になっていますが、いずれにしても春はやってきます。その暁までじっと我慢することです。

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